オーダースーツが完成しました

そういえば結婚式は今月の予定だったんですけど結局延期となりました。

結婚講座も一旦中止になってしまっていたし、司祭も高齢者、ゲストにも高齢者が数人、赤ちゃんが産まれたばかりの人もいるということで、こりゃ私たちも不安だし皆も安心して来られないだろうなと思ってこのような決断に。

5月の頭頃に各方面にその連絡をして、たぶん延期日は10月末~12月頃になると思われます。

その頃でもダメなら、もう極々身内だけの超少人数制でサクッと終わらせたい。

私はと言うと、とりあえず自粛期間中はダイエットも捗らなかったのでちょっと一安心しています(笑)

あっ、でも近いうちに和装で簡単に写真は撮ろうかと話しています。和装なら手足太くてもいいやろ。


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さて、前回記事で書いた作成開始から3カ月、まるっと自粛期間に被りましたがスーツが完成したので受取に行ってきました。

従業員さんが密を避けてくれたのか、サイズ確認と取扱の注意事項の説明等をして30分ほどの滞在で終了。


よく見ないと分からない程度のチェック模様の濃紺スーツ。

裏地には光沢のある花柄を選びました。

単体で見ると派手なのかなとも思っていたんですけど、完成品を見たら裏地なので全然問題無かった。

むしろ艶やかな感じがしてとても素敵。

イカスタンプで消してしまいましたが、裏ポケット付近には名前のイニシャルが刺繍してあってオーダー感があります。


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夫曰く、既製品とは全然着心地が違うそうです。

自分の体にピッタリ合ったサイズで作っているので「フィット感がすごい」と言っていました。

その代わり太ったらすぐ分かるらしい(店主談)。


夫がすごく喜んでいたので、改めて良かったなあ。

準備に際してお互い個々に楽しみがあるっていうことは、結構大事なんじゃないかと思いました。

相手が楽しんでいると、私も嬉しいし。

基本結婚式って本人達も周囲も花嫁寄りのスタンスである場合が多いので、それではやっぱり花婿はモチベーションのやり場がなくなってしまうだろうし(なのに「主体性を持って協力して!」と言われても難しいだろうなと)。


あとは、やっとスーツができあがったことによって、あー私の方もそろそろ進めないといけないなあと少しばかりやる気を取り戻せました(笑)

ぼちぼち各方面に連絡取ったり等していこうかと思います。

自粛生活終了の兆しから読書へ思いを馳せる

来週から仕事が始まりそうです。

 

否、確実に始まるのだがまだ実感がわかない。というか心が受け入れてない(笑)

 

 

ほぼ仕事0の自粛生活を2ヶ月ほど続けてみたところ、この先ず〜っとこのままではキツイものがあるけど、数ヶ月程度なら私にとっては然程辛いものではないらしいというのが専らの感想でした。

 

むしろ、この時期でも変わりなく働かざるを得ない人や仕事を失った人、減額した人の方が大問題。

 

前にも書いた気がするが10万支給されたらとりあえず近所にある潰れてほしくない飲食店にガンガン課金したいと思う。

 

あと、この前ワイヤレスイヤホンをポケットに入れたまま洗濯してしまってオシャカになったので(GANTZ)新しいのほしい・・が・。次はそれなりにいいやつ買おう。

 

 

再び自粛生活の話に戻りますが、私のように突如時間を持て余すことになった人は、こういう時は世間の重苦しい雰囲気に飲み込まれて鬱々と過ごすか、自分なりに気分転換をしながら悠々自適に過ごすかのいずれかになると思います。

 

私はどっちなんだろう? と少し心配していたんだけど、こうして2ヶ月経過した今、思った以上に自分が自分の機嫌を取る術をいくつも持っていたことに気付かされた。

 

ほんの些細なことなんだけど、読書や映画鑑賞、普段は後回しにしがちな裁縫をしたり、新しいレシピに挑戦してご飯やお菓子を作ったり、家に花を飾ったり、ふらっと散歩をしたり、気に入っている入浴剤を入れて湯船にゆっくり浸かったり、思う存分眠ったりすること、などなど。

 

私は元から好きなこれらのことを、ある意味現実逃避のためにやっているんだろうと思った。

 

学生の時分からそうだった。

 

友達と遊ぶのも、旅行に沢山行くのもいいけど、ひとり自分の世界にこもって黙々と好きなことをしている時が一番ホッとした。

 

そういう経験が、今のような時に生きているのかなと思う。

 

あの時は、暗い行動だとばかり思っていたし(周りにもそう言われた)、現代語で言う陰キャだったかもしれないけど、ちっとも後悔していません。

 

あの時にああして過ごすことでしか感じられないことは、確かにあったからね。

 

というわけで、今、インドアであることにちょっとでも負い目を感じてる人には「思ってるよりもその時間は無駄じゃないよ」と伝えたいなと思った。

 

 

特に読書というのは、あまり明るい趣味と思われないし月並みな扱いを受けがちだけど、時に旅行をするよりもずっと能動的なものなのだよ。というようなことを、恩田陸が言っていた(以下引用)。

 

読書とは不思議な行為でアダプターもコンセントも必要としないし、道具も不要、空間の消費はほんの少し。生まれつき怠け者の私には最高の娯楽である。しかも、この娯楽の面白いところは、徹底的に個人的で、しかも極めて能動的であるということだ。電車の中で分かる通り、なぜか人は自分が目で追っている活字を他人に一緒に追われるのを非常に嫌がる。また、自分で本の表紙を開けて一字一字目で追っていくという動作をしなければ、どんなに大量の書物を持っていたとしても、読書という行為が永遠にスタートすることはない。

 

どうでしょうか。

 

私は読書って地味で簡単そうに見えるけど決して省エネだとは思わない。

 

ひとつの作品を読み切るために一字一字文字目で追っていくという作業と、その内容を読み解くという行為にエネルギーが要らないはずがない。

 

ある面では、旅行の計画を立てて、旅費を払い、飛行機に乗り、知らない場所を歩き回るのと同じくらい能動的な行為だと思う。

 

恩田陸の言うとおりだ。

 

 

そして、読書のもう一つの魅力とは、読んできた時間や言葉、その時感じた気持ちのすべてが心に残る財産になるところだ。これも旅行に近いかもしれない。

 

何かがあった時、何かを考えている時、ふとした瞬間に過去に読んだ本の一節が思い出され、その言葉に勇気づけられる。

 

“言葉が身になる”感覚とでも言おうか。

 

文字通り、読んだ言葉が自分の体の一部になるのである。

 

すべて個人の中で起きていることであり、写真のように人に見せることはできないけれど、絶対に無駄ではない、大切な経験だと思う。

 

 

私は過去に「(旅行したり色んな人と付き合ったりして)もっと外の世界を見ないとダメだよ」というようなことを言われたことがあるけど、本当にそうなのだろうかと思い続けてきた。

 

その疑問への答えは、先にも書いたように、必ずしも物理的な外界との接触や移動がなくても、心は育まれ得るものだと思う(頭でっかちにならないように気を付ける必要はあるけど)。

 

むしろ、外に出ることだけが自分の世界を広げる術だと思っている方が間違っている。いろんな方法があるのだよ。というのが、10代~20代前半くらいの頃に抱いていた自分の疑問への回答まとめだ。

 

私は、読書が好きでよかったと思う。

 

 

 

※テッシュケースも作ったんだ!


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回顧録④ 五島列島、福江島へ

★前回の記事
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(珈琲とかんころもち/カップも素敵)

◎長崎4日目。朝飯を宿に頼んでいたので女将さんの手作りご飯を朝から食す。新鮮なお野菜をふんだんに使っていて嬉しい美味しい。テレビでは首相の真珠湾訪問のニュースばっかり。食後は珈琲と五島のかんころもちをいただいたのだけど、素朴な見た目に反してこの五島産「かんころもち」、めちゃくちゃ美味しいです。写真のようにちょっと焼いて食べるとなおのこと。


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福江港から久賀島へ)
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福江港

◎今日は福江島の北にある久賀島という島に行く。AM9:00発の定期便に乗るため宿主さんに車を出していただき、福江港へ戻る。福江島から長崎に戻るジェットフォイルはPM16:00発を予約していたんだけど、どうやら五島列島の多くの島にはほとんどバスが通っていなくて、基本的に移動手段は車のみ。私は自動車免許を持っていないので時間いっぱい観光したくてもタクシーを使う他ないのだ(二輪免許は持っているけど全然乗ってないから事故りそう)。久賀島の分だけでもタクシー代が馬鹿にならなかったので、福江島観光は次回来た時の楽しみにしよう。というわけで、長崎行きの便の時間をPM13:00発のものに変えてもらうためチケット窓口へ交渉しに行く。あっさりOKだった。空いてるのかな。

◎ちなみに長崎から直接久賀島に行く方法は無い。必ず福江島を経由しなければならないのだ。

◎ホッとして、久賀行きの定期便まで少し時間があったのでお土産を見る。五島発祥の「治安孝行」という茶菓子が美味しそうだったのと、こういうのであれば祖父母も食べるだろうと思ったので年明けに渡す用にと実家分を合わせて購入(後で気づくが賞味期限が年内だった)。それから「かんころもち」はどうしようかなあと思ったけど、LINEで訊いてみたら姉が食べてみたいと言うので買った。


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◎定期便に乗って久賀島へ。今日は天気が良くて本当に良かった! 波がきらきらしてて綺麗。同乗していた小さい少年がAPPAをずっと歌って踊り続けていた。めっちゃ面白かった。島は小さい船で20分程度のところにあるんだけど、外海から逃げてきた人たちが住んでいた場所と聞くと、やはり感慨深い。きっと手漕ぎの船で隠れて海を渡ったに違いない。もしかしたら波は今日のように穏やかではなかったかもしれないし、夜の内に船を出したかもしれない。前途が明るいとは思えない船旅で、文字通り信仰だけが彼らの頼りで、唯一の希望だったんだろうな。

久賀島に到着。着いたところでタクシー運転手さんが待っていてくれたので合流。基本的に久賀の観光は団体客相手にしか行わないそうで、私も当初はそれに参加しようと思っていたのだけど、予約後にツアーを取り仕切っている業者さんから時期が時期なので定員に達せずツアーは取りやめになったとの連絡があった。割高だけど代わりに個人タクシーを手配できると言うので、その通りにした。まあ、年末に旅行として行くには辺鄙なところだから仕方ない。

◎運転手さんは手慣れた様子で見学の順路を決めてくれた。帰りの定期便の時間を伝えると「大丈夫、充分時間ある」とのこと。まずは港から一番遠い旧五輪教会へ。教会守の方が案内をしてくれると聞いて喜ぶ。もともと予約していたツアーにはガイドさんがいるはずだったので五島列島についてはほとんど予習していなかったのだ。

◎車道を道なりに行って、途中から住宅街に入り、更に林の中に入る。街と言っても住宅は点々としていて、何より全く人気がない・・・。天気だけが良い。運転手さんによると、昨日来た人たちは寒くて凍えていたそうだ。他にも、フェリーで具合が悪くなり見学どころではない人も時折いるそうなので、欠航したにせよ、運が良かったんだなと思う。


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(旧五輪教会)

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(中は洋風)

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(父子像)

◎旧五輪教会まで、車で行けるところまで行ったら次は徒歩で現地まで向かう。もっと放って置かれるのかと思っていたけど、運転手さんが教会守のところまで連れて行ってくれるらしい。ありがてえ。教会に着くと、女性の教会守さんが出てきた。教会の外観は日本家屋風。と言うのも、外から見て教会だとバレないようにするためだったそうだ。中は洋風なので不思議な感じ。木造のこじんまりとした教会で、とても綺麗だった。結構珍しいと思うのだが祭壇の上に置いてある御像がイエス様を抱いたヨハネ様(父親)だった。いわゆる父子像というやつだ。当時の人たちは、迫害で子供を亡くした人も多く、教会に来てこの御像の前で泣きながら子供を想って祈ったのだそうだけど、あえて父子像にしたのは何故なんだろう。

◎教会守さんは他にも結構いろんなことを話してくれた。元々久賀島には何百人と信者がいたけど、今では60人くらいしかいないこと。これは禁教令が解かれた後にカトリックに戻るか仏教徒になるか(仏教徒のふりをして暮らしていた人が多かった)をそれぞれが選んだ結果なのだそうだ。隠れ切支丹の島だったのが、今ではクリスチャンの方が稀少な存在になってしまった。でも先祖を遡れば現在仏教徒の人たちも皆切支丹だったのだ。私は長崎に来るまであんまりわかってなかったのだが、現地の人たちにとっては、禁教令が解かれた後も「隠れ切支丹」と「キリスト教カトリック」はもはや別物であったようだ。長い潜伏期間の中で、神父などの指導者もなかったため、独自の文化に変質された部分を持つ隠れ切支丹の教えを禁教令が撤廃された後も守り続けた人もいるし、カトリックに戻った人、仏教徒になった人もいる。長年神父を待ち続けていたと言っても、あっさりカトリックに立ち返る人ばかりではないのだ。むしろ、ご先祖が色々な事を犠牲にして守り抜いてきた「隠れ」を捨てることができない人たちもかなり多くいたようだ。人間の感情とは複雑なものだなあ・・・。

◎また、教会守さんは個人的なことも話してくださって、自分はシスターになりたかったけど司祭から誘いを受けられなかったので隣の家のお嫁に行ったという話とか、京都のキオスクで働いてた話(笑)とか、中でも一番印象的だったのは、教会守になってからの出来事で、東京から観光に来た一人の若い男性の話でした。その方は、日々の仕事で疲れ切って鬱病になってしまい、「もう死にたい」「いつ死んでもいい」とずっと考えていたのだけど、ふと思い立って五島列島を旅行することにし、そこで立ち寄った久賀島の港近くにある教会で演奏されていたオルガンの音を聴いて痛く感動したのだとか。そのオルガンを弾いていたのが、教会守さんの娘さんだったらしく、数年後にもう一度久賀島に旅行に来たその男性が案内してくれている教会守さんの名札を見て、娘さんの名字と同じであることに気づき、「もしかしてお母様ですか?」と訊ねられたのだそうだ。話によると、その男性は最初の旅行の時に教会を訪れてぼんやりと祭壇に向かっていたら、「生きていかなきゃいけない」と言う“何か”の声を聴いたのだそうだ。それで自分は死なずに済んだと言う。それが本当かどうか、幻聴かどうか、他人にはわからないことだけど、私はこの話を聞いていてすごいなあと思った。


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(牢屋の窄/慰霊碑)

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(説明文)

◎旧五輪教会を出て、次に牢屋の窄へ。ここは絶対に行った方が良いとある人から強く勧められていた。どんな場所かと言うと、筆舌に尽くしがたい迫害があったところなのだ。話に聞いているだけでも息が苦しくなってくるような恐ろしいこと。ほんの12畳の牢屋に200人近い信者が押し込められ(これは1畳あたり17人の計算になるらしい)何ヶ月も立ったまま、排泄もその場でさせられ、食事も1日に2回芋の切れ端をもらえるだけ。説明文が彫られた石には「さながら人間の密集地獄」と書かれていた。200人のうち殉教したのは60人近くで、そのほとんどが子供・女性・老人だった。追悼碑には遺骨が収められており、その前には亡くなった人の中で名前が判明している人たちの石碑が立てられている。どこかの説明に書かれていた(本で読んだ?)んだけど「この牢屋に閉じ込められた全ての人の名前を記録していないことは全く遺憾である」と。本当にその通りだと思う。

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(慰霊碑/名前がわかる殉教者の死因、遺言等が書かれている)

◎初めに亡くなった老人は死体を5日間も外に出してもらえず、密集した人の足下に押しつぶされて牢外に出す時には遺体が平たくなってしまっていたらしい。他の生きている人たちも、背が小さい子供などは両側の大人に押されて地面に足がつかない状態で過ごしていたそうだ。不潔きわまりない環境で蛆が湧き、それに下腹を食い破られて死んだ12歳の女の子もいた。幼児や乳児もたくさんいた。表面的な話を聞いていると、この子供たちは大人の道連れにされてしまったのかと思いがちだが、死んでいった子供の中には、はっきりと信仰宣言をして亡くなった子たちも複数いる。中でも私にとって印象的だったのは、8歳の女の子が「イエス様の5つの傷に対して祈らねばなりません」と言って死んでいったという話だ。これが8歳の女の子が言う言葉だろうか? 信じる、信じないはそれぞれにせよ、信仰において大人も子供もないということを改めて知らしめるような言葉だと思う。26聖人の中にも3人子供がいたしなあ。

◎彼らは結局8ヶ月くらい(確か)この牢に閉じ込められていたそうだ。そして誰一人棄教しなかった。誰一人気が違ってしまう者もいなかったらしい。どうして自分たちがこんな目に遭うのか、と思わなかったんだろうか。その人たちの気持ちを考えようとしても、もはや想像を絶する領域すぎてわからない。殉教者の話をしてくれた東京にいる老司祭が、「今の時代の人たちが禁教時代の人たちのように耐え抜くことができるかどうか」と洩らしていたのを思い出す。

◎私は何も、殉教者たちのことを手放しに讃えたいわけじゃない。それは遠藤周作の言うとおり、誰もが殉教者になれるわけではないのが現実だからだ。また殉教者の話はとかく美化されやすいのであろうことも意識しているつもりだ。それに、私には棄教者の気持ちのほうが想像しやすい・・・。それはほとんどの人に言えることなんじゃないか。それなのに彼らのことがこんなに気になるのは何故なんだろう。普通の人たちから見れば基地外だと思われることもあったであろうこの人たちをただの集団ヒステリーと思うか、それとも他の“何か”に支えられて凄まじい苦痛に耐え死に勝る希望を抱いていたと思うか。そういうことを延々と考え続けるのは決して無駄じゃないと思う。遠藤周作だってそう思っていたはずだ。何故日本ではここまでキリスト教が嫌われるのか、500年以上前に伝来しているはずなのに、信者数が未だに全国民の1%に満たないというのはある意味驚異的な数字ではないのか。

◎エラそうなことを言います。私が遠藤周作が好きな理由は、彼はきっと淋しさに耐えていたからだと思う。日本で日本人がクリスチャンをやるのは時に寂しい。なぜなら、先に書いたように全国の人口に対してクリスチャンの総数は1%に満たないからだ。立派なマイノリティだからだ。さらに、生まれつき人と異なるLGBTの人たちとはまた違い、思想的なマイノリティだから、余計に他人から理解され辛い部分があるからだ。LGBTであることは、最近になってようやくその人自身のパーソナリティの一部として認められるようになってきたが、信仰は違う。よく知らない人からは、「自分には関係ないこと」と完全に切り離されるか、露骨に敬遠されるかのいずれかである。興味をもって話を聞いてくれる人は、それこそ1%にも満たないのではないか。私の場合、実の家族ですらそうなのだ。人知れず孤独を感じずにはいられない。遠藤周作も同じ気持ちだったのではないだろうか。都合の良い妄想かもしれないが、私は彼の寂しさのことを考えると、胸が熱くなり、涙が出る。もし遠藤氏が生きているうちに私が大人だったなら、きっと会いに行っていただろう。ほとんど恋かもしれない。

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(牢屋の窄/新しく建てられた聖堂)

◎タクシーに戻る。運転手さんの話によると、牢屋の窄は世界遺産候補地にすらならなかったらしい。それは牢屋のあった場所に新しい教会を建ててしまったかららしいが、そもそも惨状の現場をそのまま残しておけるわけがないと思う。運転手さんも、「本当は五輪よりもこっちの方が世界遺産になるべきと思う」と言っていた。最後に浜脇教会へ向かう。港からほど近いのだが、旧五輪教会で結構時間を使ったのであんまりゆっくりできない(最初に牢屋がメインだと言っておけばよかった・・・)。とても綺麗な教会だった。港からも見えるので、久賀島にとっては一つのシンボルなのだそうだ。だからできる限り修繕して、今の形を残すようにしているのだとか。

◎港に向かう道すがら、運転手さんに「結構教会が好きなんですね」と言われる(笑)。そして「もう久賀は人がいなくてダメだ」という話になった。実際に住んでいる人はほとんどが老人で、若者は皆都会に出てしまうらしい。子供も小中学校に10人くらいしかいなくて、高校からは福江島に行くので、結局15歳くらいまでしか島にいないんですね。最近は田舎暮らしが流行っていて、都会の若い人が移住するという話もよく聞くけど・・・そういうのはやってはいないのですか? と訊いてみたら、そもそも食っていける仕事がないのだそうだ(運転手さんも普段は島で農業をやってるらしい)。だから子供をここに呼ぼうとは思わないもん、と言っていた。切ない。5年後には住人も半分くらいになってるんじゃないかなあとも言う。一人で住めなくなったお年寄りは施設に入れるようにしていると言っていたので、仕方ないこととは言え、貴重な歴史が詰まった島を守る人がいなくなることは本当に物惜しい。だからやっぱり、旧五輪教会が世界遺産になるかどうかは重要なんだと思う。来年くらいに決まるそうなので、どうやって決まるのか知らないけどぜひ旧五輪教会が世界遺産になって欲しい。そうしたらきっと同じ島にある牢屋の窄ももっと知られていくんじゃないかなあ(2018年に世界文化遺産長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産になりました。すんばらしい。)

◎運転手さんとさよならして再び定期便に乗り、福江港に戻る。あーせっかく来たのに3時間くらいしかいられないって・・・。他にすることがあるわけではないんだけど金銭的に厳しかった。福江島に着き、すぐに長崎行きのジェットフォイルが出発するので船着き場に並ぶ。この時、ロッカーに入れていた大きな荷物を忘れかけるというプチ事件があったけど、ほんと気付いて良かった。一日に数本しか出ない便なので、すぐに取りに戻れるわけじゃないからね。帰りは1時間弱でフェリーに比べるとめちゃくちゃ楽で泣きたくなった。まあ良い経験だったけどさ・・・。


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五島うどん

◎長崎に着いたら15時前ということで遅いお昼ご飯。五島うどんを食す。「あご」という魚でとった出汁であたたかい汁には薬味、冷たい汁には卵黄を溶いて食べる。・・・これはそれほどピンとくるものがありませんでした(正直)。でも見た目はすっごい美味しそうだよねえ。腹ごしらえが済んだので、残り時間で長崎市内で見逃したものを見に行くため、再び浦上へ。遠藤周作の巡礼ガイドに載ってた切支丹関係の遺跡が見たかったんだけどグーグル地図アプリ先生に頼っても全く見つけられず(涙)時間がなくなる一方なので諦めて永井隆記念館へ。


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(如己堂と薄ら映り込むわし)


◎記念館のすぐ横には、永井博士が晩年に書斎兼自宅としていた二畳間の小さな「如己堂」がある。信者の人たちが協力して建ててくれたそうだが、ここに息子娘と3人で住んでいたらしい(どうやって?狭くない??)。ちなみに「己の如く隣人を愛せよ」という聖書の言葉からとって「如己堂」と家の名前を決めたのだとか。中が見えるようになっていて、こじんまりとした綺麗な間だった。

◎記念館は、年末は28日までの開館でしかも16時半で閉まってしまうのでかなりギリギリな時間だった。でも行ってみて良かったなあ。小さな記念館で、生前は永井博士の息子さんが館長を務めていたそうだ。永井博士は原爆が落ちる以前から放射能医学博士であり、積み重ねた研究の結果、一定量以上の放射能を浴びていたため被爆による白血病になって余命三年と宣告されていたとか。さらに原子爆弾でも被爆して、戦後は執筆活動をしながら投下6年後に亡くなられた。

◎永井博士はたった6年間でびっくりするような量の著書を発表してる。医師としても働けなくなった晩年、寝たきりになってもまだこの手と頭があると思い、主に戦争反対を訴える執筆活動を初めのだそうだ。私は結局ここで原爆資料館では買わなかった「長崎の鐘」を購入した。本ばっかり買って荷物が重すぎて肩がちぎれそう。記念館を出て駅に向かう道すがら、立派な浦上天主堂の鐘楼が建物の隙間から見えた。見納めだなあ、と思ったら、最後にもう一度浦上に来て良かったと思った。

◎電車で空港行きのバスが出る長崎駅へ。ここで時間の余裕が少しあったのでお土産爆買いタイム・・・!!実家と職場と友達用と、お菓子を色々買う。おたくさっていうシーボルトの愛人「お滝さん」から名付けられた紫陽花の形のパイがすっごい可愛いの。職場にはこれと長崎ちゃんぽん煎餅(うまそう)。あとクルス(ポーランド語?で十字架)の復刻版は自分用。福佐屋のカステラは実家用。爆買いってほどでもない。五島の焼酎を父に買ってあげようかとも思ったけど、これ以上荷物が重くなったらさすがに肩がちぎれるので断念。

◎バスに乗って空港に到着。飛行機が遅延しているらしく、またも時間に余裕ができる。そこで気づくが空港にもお土産一通り売ってるんじゃん・・・(普通そう?)。暇なのと、夜ご飯食べてないので豚角煮まんを一個買って小腹を満たす。待ち時間に早速「長崎の鐘」を読み始めた。かなり生々しい。よく考えたら私はきちんとした原爆投下時の記録を読むのはこれが初めてかもしれない(はだしのゲンとか児童書では読んだことあったけど)。永井博士は長崎医大被爆しており、戦時中ということもあって何か事故があったら真っ先に駆けつけて救護できるように日々準備していたようだが、実際は爆心地から程近い場所にあった大学側が被救護者となってしまうという皮肉。落ちた瞬間に野外にいた人は全滅。グラウンドにたたきつけられて絶命している教え子を見た時の永井博士の気持ちや、生存者の証言から明らかになった昨日まで共に働き、学んでいた人たちに様々な死に際の情景。それが本当に生々しくて恐ろしい。原爆によって一瞬で命を奪われるのも悲惨だけれど、衝撃で崩れた建物の下敷きになって抜け出せず、迫り来る炎に生きながら焼かれた同窓生を見た生存者の話が本当に怖かった。死んでいった仲間は、もう自分が逃げられないことを悟って「海ゆかば」を歌った後に「僕は足から焼かれて死んでいく、さようなら!」と言ったそうだ。そんなに毅然としていられるものだろうか? 自分の運命を悟って腹を決めたんだろうか。人焼ける臭いを嗅いだという生存者の男の子は、一生そのことを忘れないだろう。

◎帰りの飛行機は本を読んでいたこともあってあっという間だった。羽田に着き、電車に乗って自宅に帰る。もう肩が壊れそう。でもすごく楽しかったし、以外にも全然疲れず夢中で動き回れたので良い旅になった。以上長すぎる記録終わり。

今日も今日とて

自分甘やかし。


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最近、生野菜をたっぷり摂ることにハマっています!

 

レタスだけじゃ寂しいから、水菜やキュウリ、トマト等も買ってきてストックし、ミックスビーンズをかけて食す。

 

目玉焼きも欠かせません。

 

この日はお肉無しですが、普段の朝昼ご飯には+ウィンナーかサラダチキン、主食はおにぎりを食べてます(パターン化してきた)。

 

フルーツサンドが美味しすぎて至福の時。

 

高いので、夫が出勤の日にひとりで隠れて食べてます。

 

 

 

 

 

そして唐突に湊かなえ祭り。

 

近所の古本屋が営業再開していたのでフラフラと吸い込まれてしまった・・・。


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先日、Netflixで「贖罪」のドラマ版を見たんですね。

 

人から聞いて知ってはいたんですけど、胸糞(すみません)な結末でした。

 

しかし辞められない面白さがある・・・。

 

湊さんはこういう作風の人なんですね。TVに出てるのを見たことがあるけど、のほほんとした普通の主婦っぽい(ド天然の香りはしたけど笑)方なのに、こんなダークな話を書くなんて不思議すぎる。

 

さっき胸糞と書いてしまいましたけど、ただ後味が悪いだけじゃなくて、人間の仄暗い部分をすごく上手く掘り下げてる感じがして、それが魅力的なんだと思います。



「贖罪」は、ドラマ版では小池栄子の「PTA臨時総会」という回が特に面白かったです。

 

小説はどんな感じかな。読んで書く気が起きたらレビューしたいです。

 

 

それから、「ワカコ酒」作者の新久千映さんの飲み歩きエッセイ漫画と、「みそ汁はおかずです」というレシピ本。


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ワカコ酒」好きなんですよね。「孤独のグルメ」も大好きだけど、酒飲みとしてはワカコの方がそそられる。

 

作者さんもやっぱり酒飲みだったようで、取材も兼ねてでしょうけど本当に楽しそうに飲み歩き、宅飲みも充実しててイイナーッと思いながら読んでます(深夜は飯テロ自爆必至)。

 

みそ汁の本は、買うつもりなかったんですがタイトルに妙に惹かれたのと、中を開いた時の見やすいなと思ったのと、何よりめちゃくちゃ美味しそうだったので一気に好きになって買っちゃいました。


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ちょうど母から地元産の野菜がたらふく届いてどんどん消費せねばならなかったから、みそ汁がいいな!と思っていたところだったんです。

 

だから今日ここで出会ったのは運命だ。

 

 

ここ数ヶ月はずっとインスタントのみそ汁に頼りっぱなしだったんだけど(美味しいよね)、お出汁をちゃんととって作った具沢山のみそ汁って感動するほど美味しいんだよね。

 

ずっと前、恩師の家に行った時に、鰹節の香りがするほうれん草と人参のみそ汁をササッと作ってくれて、それが本当に本当に美味しかったんです。

 

大変申し訳ないのだけど、実母のみそ汁はあまり美味しくなかったんだなあ・・・と思ってしまったほど(それまで、みそ汁ってそんなに好きじゃなかったんです)。

 

うちの母は、だし巻き卵に出汁を入れず完全にプレーンで作るような人なので、下味というものにあまり関心がないのかもしれない(大事なはずだが)。

 

だし巻き卵に革命が起きたのも、叔母が泊まった翌朝に焼いてくれた出汁たっぷりでふわふわのだし巻き卵を食べた時だった。

 

同じものがまた食べたくて、叔母に教わって執拗にだし巻き卵を焼き続けていた時期がある。

 

お陰で卵を巻くのはまあまあ上手い方だと思う(味はわからん)。

 

いや、母には毎日ご飯作ってくれてたこと感謝してるし、得意料理も沢山あって今でも実家帰って食べるご飯楽しみなんですけど、みそ汁とだし巻き卵はちょっとね、という話です。

 

話が逸れましたが、それからと言うもの、美味しいみそ汁を作れる人のことは無条件にリスペクトしてるんです。

 

 

そういうわけで夕食には蕪のみそ汁を作りました。

 

蕪がトロトロで、葉っぱはシャキシャキのハーモニー。

 

本に書いてあったことだけど、みそ汁にコクや香りをつけたい時はごま油や白ごま、バターやオリーブオイルを入れると良いのだとか。

 

試しにごま油と白ごまをINしてみたら、混入前より断然美味しかったので驚きです。

 

みそ汁うまく作れただけだけど、「いやー今日はいい仕事したナア」と思えた良い一日でした。

お家de居酒屋

明日、開店しますっ!!


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このためにカクヤスでお酒買い込みましたっ(暇人)。

 

でもバイスサワーは在庫切れでした(涙

 

だいたい作り置きか冷食、もしくは缶詰なのでササッと出せるやつ。

 

最近身に沁みてわかりましたが、業務用スーパーの揚げ物はホントにウマい。

 

全力でおすすめします。

 

自分機嫌とり

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スポーツサンダルを履くと夏が来たなあと感じる。

特にフットネイルした時のTEVAが好きです。

 スニーカー並みに歩きやすいし、海辺でも雨の日でもOK、ブラシで洗えば簡単に綺麗になる。

 数年前に流行ったけど、まだまだ全然履けますっ。

 

ちなみにネイルカラーは、無印のクリアレッドをグラデーション塗りしました。

ベースコートも無印。白っぽくなっちゃうのかなと思ったけど、乾くと透明になります。そして塗り上がりが断然きれい。

 
休みをいいことにネイルしまくってます。

手も同カラー。

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かき氷のいちごシロップのようで、見るたびうっとりしてます。

 

あと、最近ここ数年の間で一番ひどい肌荒れに悩まされています。

以前から、マスクするとすぐニキビ出来るなあ・・という自覚はあってので、たぶんマスク生活のせいかなと思うのですが・・・。

あとはホルモンバランスが崩れてたのか。わかりませんが。

そこでスキンケアをちょっとだけ見直してみたら、徐々に良くなってきたのでハッピーです。

使ったのはこれ。

jp.rohto.com
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昔はドラッグストアに売ってるニキビに特化した商品って特に効果を感じなかったんだけど、今回久しぶりに買ってみたら結構良かった。

自分の肌が変わったのか、商品が進化したのか・・・。

この調子でなんとか元に戻りたいものだなあ。


 

こういうのをフェミニズムっていうのかな

ちょっと前にお笑い芸人の岡村さんの発言が炎上していました(今もしているのかな)。

ネットニュースでも取り上げられていたので、音源は聞いていないですが私もこの発言の内容は知っています。


その時の私の感想はと言うと、ウ~~ン・・・??? という感じ。

語彙力なくてすみません。ただ、強烈にこの発言を非難した人たちほど、反応に瞬発性が無かったと言いますか・・・。

もちろん、いい印象は受けませんでした。

岡村さんの感覚って、結局男の人ってどこかで女性に人格を認めてないのかなと思えて、なんだか悲しくなったし。


でもこれって、それこそ男性陣に失礼な発言になりかねないけど、ほとんどの男性が根底に抱えてる共通の感覚なんじゃないかという気もしています(逆も然りな部分は多々あると思いますが)。

ウ~~~ン。

何と言うか、男性って社会的な競争から離脱したら男性社会の中では「男として認められない」といような強迫観念を少なからず抱えていると思っていて、その中で男としての力を誇示できるわかりやすい三大要素が「金・地位・女」なんだろうなって。

この中に女が入っている意味は、やはり、どれだけ多くのイイ女をはべらせられるかがその男の繁殖力の強さに直結していて、つまり、人間の動物的な部分に起因しているのだと思う。

金と地位も、より多くのメスに見初められるための強力な要素なのだろう(同時に、メスもより強いオスの元で子育てをしたいと考えるから、こういう要素をとかく重視しがち)。

人間だって動物なんだから、こういう感覚を完全に取り去ることは不可能です。



でも、女性が社会進出して、必ずしも男性に頼って生活しなければならない状況ではなくなることで、今までになかった自立心が芽生えつつあるのかなという気がします。

親離れする子供を見ればわかるように、自立心が芽生えると人は、自分が「個」であることを認めて欲しいと思うようになります。

誰かの娘でも、彼女でも、妻でも、母でもなく、まず大前提として、「私は私である」ということを尊重してほしいと思うようになるんです。

それは、他の動物は持っていない、個々のパーソナリティを持つ人間特有の感覚ですよね。



私は、動物でもあるけど人間だから、男性にはなるべく「女」と見られるよりも、「人間」として対等に認められたいとずっと思ってきました。

じゃあ女としてちっとも求められなくていいのか? と言われるとそういうわけではなく、要はどちらに重きを置くかということで、私はパートナーには「女」としての役割や機能を求められるだけではなく「個」として尊敬・尊重されたいんです(そのためには、それに相当する人間にならなくてはいけないけど)。

つまり、他の女では替えがきかない特別な存在として認められたいんです。それが切なる願いなのです。

そういう女性は今の時代少なからずいるし、昔にも主張できないだけいたんじゃないかな。


この感覚を、わかってくれる男性はどのくらいいるんだろう。

私は時々思うのだけど、一体どこまで行ったら、どのくらいの時間をかけたら、夫にとって私は他の女では替えのきかない存在になれるのかなと。

たとえば私が女じゃなくても、たとえば女としての役割や機能を失っても、果たして夫は一個人である私と一緒にいてくれるのかなとか。



今回の発言については、岡村さんには悪意がなかったことは、なんとなくわかる。

人間不信なんだろうな、と感じる。私も男だったら彼のようになっていたかも。

私は女だから人間不信に陥っていれば、男性を始め徹底的に人間と関わらないでも全然過ごしていけるけど、男性は男性の生理としてそうはいかないのだろう。

それはそれで、大変苦労することだろうなと思う。なんていうか、業を感じる。


人と関係を築くのが苦手で、でも人と接しなければ発散できない性があって、そのために商品化されたものが目の前にあったら、買う人は多いんじゃないですか。

ただ、公共の電波に乗せるような発言ではなかったと思うけど。


岡村さんのような人もいるだろうなと思う反面、年齢に応じて人間として成熟していくことができていれば、彼のような発言はなかなかできないだろうなとも思う。

矢部さんが指摘しているのは「結婚しろ」どうこうじゃなくて、特定の誰かと特定の関係を結んで長く丁寧に根気よく付き合うことは、人間として社会に参加して生きていくのに大事なことなんだよってことだと思う。

わかりやすい例が結婚であり、妻を持ち、子を持つことであるだけで、別にそうじゃなくてもとても関係の深いパートナーを持つことや友達を持つこと、いろんなパターンで言えることだと思う。


繰り返しになるけど、動物である前に、男である前に、女である前に、人間なんだから、人として尊厳ある生を生きたい。

身近にいる人たちにもそういう自分を認めて欲しいし、私も相手を人として尊重していきたい。

そして、そういう対等な関係を望むことは、わざわざ“フェミニズム”と称されるような特別なことではなくて、自然な感覚なんじゃないかと、私は思う。

自然な願望であることを認めずに、何かにカテゴライズしようとすること自体が、なんだか差別的だと感じてしまうのは、それこそが“フェミニズム”だろうと指摘される由縁でしょうか。

わからないけれど。



(簡単りんごケーキ!)(GWを経て1キロ増量・・・)
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