構成要素Ⅱ 信仰-②

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前回からのつづきです。

abomi344.hatenablog.com

+ 洗礼を受けたい!

いよいよ卒業という時に先生が、今までみたいに頻繁に会うことはできないだろうけど、abomiがやりたかったら聖書の勉強をこれからも続けないかと言ってくださり、その言葉に甘えて私は卒業後もたびたび先生と会って勉強を続け、時には教会にも行くようになりました。

そういう生活を数年続ける中で、私の中にある1つの願望が生まれたのです。

洗礼を受けたいなあ・・・

実を言えばその願望は学生の頃にすでに薄らと感じていて、こればかりは上手く説明ができないのですが、どうせ先延ばしにしたところでいつかは受けるだろうという確信がありました。時間の問題だわ、と。

ゆっくりと時間をかけて、ふつふつと心の中に熱が沸いて、ある日あることをきっかけにして唐突に思い立ち、私は一人で教会に赴きました。

目的はある神父様に会うことでした。


その方はA神父といい、当時で80代後半のご高齢な方でした。

その老神父を前にして、私は洗礼を受けたい旨を伝えました。

A神父は快諾してくださり、普通なら最低1年間は教会で勉強する必要があるところを半年で洗礼が受けられるようスケジュールを立ててくれました。

これもかなり優遇してもらえたなあと思うのですが、引退間際のA神父に対し「私は仕事がカレンダー通りじゃないから定期的にやる講座には出席できません!」で通して、最後までマンツーマンの講座をやってもらいました。

この出来事もそうですが、その後の勉強も私にとってはものすごく良い経験になりました。


そして半年後、私は無事に勉強を終えて洗礼を受けました。

さらに1年後には堅信式というものも受けました。

先生やA神父とは、今でも時々お会いして日々の出来事を話したり、聖書の勉強をしたりしています。

+ 先生のように生きたい

さて、私が何故信仰を求めたかという話ですが。

信者の家系に産まれたわけでもなく、ミッションスクールに通っていたわけでもなく、キリスト教とは何の縁もゆかりもない人間が、しかも20歳前後の時にこれに対して強い興味を示して勉強し、果ては洗礼まで受けるというのは少数派のやることだという自覚はあります。


私は子供の頃からどこか冷めたところのある人間だったようで、他の同世代の人たちが楽しんで経験して成長していくようなこと(恋愛とか学校生活とかその他の遊びもろもろ)にあまり関心を抱くことが出来ませんでした。

こと恋愛に関しては、自分はどこかおかしいのかもな・・とちょっと悩むくらい男性に興味がありませんでした(そんな私に今はK氏がいてくれるので、人生わからんな・・)。

皆が「あの子が好き」「あの人がかっこいい」と言ってワイワイしている中で、一人でボーーーっとしているのが私だったのです。

それはそれで良かったのだけど、何故皆が楽しいことが私には楽しくないんだろう?と疑問でしたし、友達とそういう感覚を共有できないことを寂しく思う時もありました。

普通の若者が普通に経験している色々なことをやってみると、それなりに楽しいけれどふとした瞬間に心根が冷めている自分がいることに気付くと虚しいのです。


また、死生観についても冷めていたと思います。

どうせ皆死んじゃうのだし、永遠に続いていくものなんてこの世にはないのだ

と、子供の頃からあっさり思って受け入れていました。

別に厭世的な気持ちはなく、単純にそういうものだと考えていたのです。


しかし、実際にはここまで割り切ってしまうとだんだん生きていくのが辛くなってきます。

寿命が80歳くらいだとして、この感じがあと60年も続くのか・・と思うと気が遠くなってくる。

そんな時に、私は先生に出会いました。

先生は私が知っているどの大人とも違って、毎日をとても生き生きとして過ごしているように見えたのです。

結婚もしていない、子供も居ない、持ち家もない、給料も安い(らしい)先生はたぶん、世間の一般的な目で見ると「何も持っていない人」なのだと思うけど、その全てを持っている誰よりも先生は幸せそうだった。

当初はそれが不思議だったけど、一緒に過ごすうちに私はその魅力に負けて(?)先生のように生きたいと思うようになりました。

それがそもそも洗礼を受けたいと思った最初の動機だったと思います。

+結局、 生きるために信じるしかなかったのだと思う

贅沢な話かもしれないけど、衣食住が満たされていればそれだけで幸せに生きていけるわけじゃないのが人間だと思います。

だから人は生きるための活力を仕事や趣味や恋人や家族から得るのだろうけど、当時の私にとってはそれが自分の要になると思えませんでした。

じゃあ何のために生きるの。何のために。

考えても分からない問いを繰り返して、いろいろなことに無気力になっていく自分がいました。

それなりに寂しくて辛い時期だったと思うけど、改めて考えてみると、自分にとってはすべて必要だった感覚で、この気持ちがなければ私は信仰を求めようとは思わなかったと思います。


とあるシスターが言っていました。

その方は若い頃から保育士になるという夢があって、その夢を叶えてバリバリ仕事をして、充実した生活を送っていたはずなのだけど、何故かいつも寂しかった、と。

その寂しさがどこからくるのか、わからなかった。でもそれが彼女にとっては子供の頃からずっと抱いていた感情だったとか。

シスターは、そんな時にたまたま開いた聖書の一文にピンときたのだそうです。

エスは女に「あなたの罪は赦された」と言われた。(ルカ7‐48)」

これは新約聖書ルカ福音書の7章48節にある言葉で、この章自体は「罪の女」と呼ばれます。


シスターはこの一文を読んだ時、「ここに、私のどうしようもない苦しみ・悲しみをすべて知っている方がいる」と思い、

そして「苦しみ・悲しみの形をとって、いつも主(神)が語りかけてくださっていたのだ」と思ったと言っていました。


シスターの話を聞きながら、私の中にもこの言葉がすんなりと入ってきて、心に染み渡ったような気がしました。

「このためにあの寂しさがあったのだ」と思えることで、今までの自分の全てが報われる気がしたのです。


余談ですが、このシスター(40代)も先生(60代)も、実年齢に対して異様に若々しいです(笑)

全然着飾ってないし、大層なスキンケアとかもしてない(と思う)のに、肌とかぴちぴちしてます。

心が充実して安息に満ちていると見た目まで若々しく朗らかになるのか・・・と感心するばかりです。


信仰は寂しさを癒やすためだけにあるものではないので、あくまでそこが出発点であって、その先は自分と神様とたくさんのやりとりをしながら死ぬまでの道を歩んでいかねばなりません。

でも、私は信仰を得てから生きるのが楽しいのです。

何があっても大丈夫だと思えるし、良い意味で楽観的になりました。

今でも別に良い人間ではないけれど、何もない時よりもずっとマシ。

何も掴まずに大人になってしまっていたら、私はもっと自分勝手な壊れた人間になっていたと思います。

ただ生きていく上での指針を決めるための揺るぎないコンパスを得たような気分です。

そういうものを若いうちに知ることができたのは、幸福なことだったなと思っています。

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