【インストール】十七歳、処女

インストール (河出文庫)

インストール (河出文庫)


実は綿矢りさも結構好きだったりします。

確か“インストール”がデビュー作で17歳頃の作品、“蹴りたい背中”が19歳頃の作品で芥川賞受賞作となりました。


咲かずに枯れる、という感覚

私は、リアルタイムで17歳の女の子がこんな文章を書くんだ・・・と驚いた記憶があります。(以下引用)

まだお酒も飲めない車も乗れない、ついでにセックスも体験していない処女の十七歳の心に巣食う、この何者にもなれないという枯れた悟りは何だというのだろう

「枯れた悟り」という表現がなんとも絶妙で・・・文字通りまだ何も知らない女の子なのに、彼女の心には様々なことに対する「諦め」がすでに芽生えているのです。

知らないのに諦めてしまうのは、この情報社会ではインスタントに色々なことの疑似体験ができるというのが要因の一つで、そこには自由に夢想する余地があまり残されていないからではないか?と人知れず思います。

まあこの話は正にネットが普及し始めたくらいの頃の小説なんですけどね(チャットレディーをする話なので)、そういう意味じゃ今の時代の方が酷いかも。

でも、私はこの子の感覚がすごくよく分かる気がするんです。

私も、何も知らないのに何もかも全部「たかが知れてるわ」と考えて一人で勝手に冷めているような17歳だったので。


心の飢餓について

綿矢さんって、見た目にはすごく可愛らしい方だし、学歴もあるし、とても恵まれた女性のように見えるんだけど、こんな文章を書くくらいだからきっと心の中に奥行きのある暗い何かを持っている方なんだなと思うのです。

同じく芥川賞作家の平野啓一郎さんは、“わがままな本棚”というピース又吉とオードリー若林がやっているBS?の特番で、「純文学なんか読む奴は放っておけば暗い方にどんどん転がっていくような奴ばっかりですよ」と自虐して笑っていました。

※脱線しますが、この番組まじで面白いので地上派でもぜひぜひやって欲しい。作家さん達も楽しそうだし。


オードリー若林 ピース又吉と本について語る


要するに、何でなのか自分からどんどん世の中を生きづらいものにしてしまうんですよね。

でも、作家にせよ芸人にせよ一般人にせよ、暗い方に転がるだけ転がったら、今度はそれを糧にして生きていくことができる人って確かにいます。

だから私は基本的には純文学を読む人って好きだしとっても興味がある。私と話をしましょう、って声をかけたくなるのです。

何が言いたいかと言うと、綿矢さんにも外観には表れないそういう魅力を感じるということです(勝手な話ですが)。


人間にとって、衣食住は最低限必要なものだけれど、それらが保証されているからと言って私たちはそれだけで満足できる生き物ではないはずです。

同じように、どれだけ見た目には恵まれているように見えても、心が飢え渇いていれば意味が無い。

その渇望は誰もが持っているものだと思うけど、はっきり感じる人とそうでない人がいるみたいだと最近は思います。


渇いた器に注ぐべきものを間違っちゃいけない。

人それぞれ形が違う器を持っていて、じゃあ自分の器には何を注ぐべきなんだろう?

そういうことを考える材料としても、やはり読書は有効だなと思うのでした。