SNSに思うこと

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私はSNSをまともにやったことがない人間だ

自分の学生時代を遡ってみると、

前略プロフmixiTwitterFacebookInstagram

という順番でSNSが流行っていたかと思うけど、実のところ私は1つもまともに活用したことがない。

現在使っているのはLINEくらいだけど、これもタイムライン機能は使用せず、特定の人との連絡ツールとしてしか活用していない。

何故?と言われると、個人的に1番引っかかっていたのが自分の名前がそこそこ珍しいので本名で登録したらすぐに個人を特定されてしまうだろうということだったので、SNSをやらない理由として友達にはそのように答えてきた。

また、リアルな知人に自分の文章やら写真やらの記録を見られてしまうのにもかなり抵抗があり*1、とは言えSNSは基本的にそういうものを公開する場だと思うので、そもそも自分のニーズと全く一致しなかったのである。

友達の細かい実生活にもさして興味がないので、所謂ロム専にもならなかった。


SNSをやらないわけをもう少し掘り下げてみる➀

私は、目立つ(人目に晒される)のがすごく苦手だ。

それ故、基本的には本名で発信するSNSも自分の性に合わないのだと思う。


カラオケで歌いたくないとか写真に写りたくないとか言うと、「誰もあなたのことなんてピンポイントで見てないよ(自意識過剰)」と言われることがある。

まさに、私は自分で自分のことを自意識が過剰な人間だと思っている。

誰からも見られたくない・・・潜みたい・・・という感情も、ベクトルの方向が違うだけで強すぎる自意識に悩んだ故の1つの結論なのである。


少し話が変わるけれど、「書く」ということについては私にとってまた別の話で(それでも知人には絶対に見られたくない)。

読書が好きになった日からやがて自分でも「書きたい」と思うようになり、それを実現させるために創作をしてみたり、こうしてはてなブログで長ったらしい個人的な考えを匿名でぶちまけているのである。

だから私は、「書きたい」もとい「自分の思想を誰かに示したい」という考えや、あとで自分の考えを読み返すために残しておきたいという気持ちは、人よりも強いタイプだと自負している。

そしてこの欲望のことを、どこか恥ずかしいことのように感じてしまう時がある。

SNSに絡めて言うと、それこそ「いいね!」が欲しいという欲求よりも強烈な自我を感じずにはいられないのだ。


人がSNSにハマるわけ

先にも書いたように、SNSにハマってしまうわけとしてよく言われていることは、何より「いいね!」欲しさ故、だと聞く。

「いいね!」が欲しい気持ちは一体どこから来るのだろう。

人から注目を浴びたいという自己顕示欲から?

誰かと比べてより優れている自分をアピールすることで承認欲求を満たすため?

よく言われる理由を挙げてみたけど、どちらの場合も「いいね!」を欲しい理由に「他者からの視線」が大きく絡んでいるのだと今更ながら気付く。


私も一応、はてなブログの前にもとある創作HPをやっていたので、自分の投稿に対して誰かから反応してもらえて嬉しいという気持ちは理解できる。

しかし改めて考えてみると、他者の反応によって創作意欲を掻き立てられることはもちろんあったけれど、反応をもらえないからといってやる気が削がれたりすることも無かった気がする。

きっと私にとって匿名で発信する情報は、根本を辿ればただ「書きたい」という自分の中から湧き出た欲望による産物でしかなかったからだと思う。


SNSをやらないわけをもう少し掘り下げてみる②

さらに言うと、私は他人の目がとても気になる。他人の意見も気になる。

否定的なことを言われたり、蔑まれたり、敬遠されたりするとすごく哀しい。*2


しかし私の中では、それらの感情を上回って自分の内なる願望を叶えたいという気持ちが強いのだと思う。

表層的な部分では「他者から視線」をすごく気にしているのだけど、臨界点を突破するとそれがどうでも良くなる。

その瞬間、人からこんな風に見られたい・・とか、こんなことを言われてしまうかも・・とかいう雑念が消えるのだ(いや、消えるというのは言い過ぎかもしれない。優先順位が低くなるのだ)。

詰まるところ、私のようなタイプは自分にしか興味がない究極の我が儘人間とも言えるのではないかと思う。


逆に疑問なのは、「いいね!」をもらうことにハマる人たちは「他者からの視線」を通した評価よりも、もっと強く欲しいと思うものはないのだろうか。

他のことに対する欲深さがないから、逆に「いいね!」が欲しくなるのではないかと思ったりもするのだ。

「いいね!」を貰えれば、自分が多くの人たちから見て間違っているわけではないと確認する事ができるし、手っ取り早く安心することができるのかもしれない。

でもそれによってむしろ苦しんでいる人たちがいて、社会問題になっているのもまた事実。

「他者からの視線」がどうでも良くなる程の欲深さを持った方が良いのか悪いのか、私にはわからない。

でも、少なくともSNSに振り回されることで気を病んだり、それによって時間を無駄にせずに済むのではないかと思うのだ。


何故こんなことを書こうと思ったのか

そもそも何故SNSをテーマに記事を書こうと思ったのか、そのことについて最初に言及すべきだったとここまで書いて思い至った。

SNSに対してくどくど言いながらも、ここ数年の間で、私も匿名のアカウントをTwitterFacebookInstagramで作成したからである。

Twitterに関しては知り合いの検索を試みたこともないのだが、FacebookInstagramはどういう経緯だったか忘れたけれど数人の知人のアカウントは知っている。

Facebookは鍵機能が無いので色んな知人のアカウントを盗み見できるのだが、過疎化が甚だしいので大した情報は得られない。

Instagramは鍵がかかっているのを友達申請?してまで見ようとは思わないので、公開されている子のアカウントだけ時折チラ見している。

すると、こんなに少ない情報源しか持たない私でも、知人のアカウントを見ていると時折胸に不穏な感情がよぎるのを感じたのだ。

それに少々驚いて、「ああ、皆きっとこんな気持ちでSNSをやっているんだな、こりゃしんどいなあ」としみじみ思った。

本名のアカウントを持って、たくさんの人とバーチャルで繋がって、そこにはリアルな知人も沢山含まれていて、皆が充実した生活を公表しているのに自分のアカウントが殺風景なものだったら、誰だって負い目をを感じずにはいられないのではなかろうか。

頑張って充実した投稿をしたらしたでお互いの競争意識を刺激してしまい、ちょっとしたことでモヤモヤが生まれて、最悪泥沼化しそうだ。

元より今更SNSを始めるつもりはないのだけれど、これは同じ土俵に上がったら大変なことになるぞ・・・と思った。


私のSNS活用法

SNSをやっている人たちの常套句として「自分の記録のため」という意見をよく聞く気がするのだけど、まーそれだけなハズないわなと内心では思っている。

記録するだけでいいのなら自分のスマホとSDカードと個人PCがあれば完結する話だもの。

結局皆、自分を見て欲しいのであって、他人の生活をのぞき見たいのである。

それは人として真っ当な願望の1つだと思うので、特に否定しようとは思わない。

ただ、それを認めずに「自分の記録のため」と言う人に対しては、潔くないなあと思ってしまうというだけだ。


下手な言い訳をするくらいなら「情報収集のため!」と言ってくれた方が納得できるのに。

私はそのためにアカウントを作ったし、あくまで情報収集が目的なので基本ロム専だし、本名でやる必要もない。

昨今、様々な芸能人やらクリエーターやら会社やらがSNSを中心に情報を発信していて、最新の情報をいち早く受け取るためにはやっぱりSNSを使うのが1番なのである。

あと、最近いいなと思ったのはInstagramで一般の人が自分のファッションや独り暮らしの部屋作り、節約方法なんかを公開していて、それを見ているのが結構楽しいのだ。

Instagramでそういう情報を見るようになってから、雑誌を買わなくなったのに気付いた。

きっと雑誌を見るよりも、Instagramを見る方があくまで一般人に則したレベル(金銭感覚やスタイル等)の情報が沢山ポストされてるので、自分に合ったテイストを見つけやすいからだと思った。

そういう使い方をしているとSNSに対するストレスも無いし、有効な情報だけを効率よくゲットできるのでいいんじゃないかなと。

人のことを気にし始めたら本当にキリがない。

そういうことへの興味はどこかで振り払わないと、沼にハマってしまいそうな気がするのだ。


ただそれだけのことを書きたいがためにまた長々と書き連ねてしまった。

本当にまとまった文章を書くのが下手だなあと思う。個人ブログだしまあいいか。おわり。

*1:これには、 ➀単純に他人にプライベートな部分を見られたくない というのと、②この情報社会で何故自分にまつわるの写真等を垂れ流しに出来るのかわからない、危機意識が低すぎる と思うからだ

*2:逆に、褒められると嬉しいか? と聞かれると、これもややこしくて、私は元来のひねくれ者なので褒め言葉を素直に受け止められないところがある。極端なことを言うと、嘘ついてんじゃないか? と大抵の場合疑ってしまう(笑)それもSNSの「いいね!」に興味が無い(上辺だけのお世辞に感じるのだ)由縁の1つだと思う。