【精霊の守り人】女用心棒と皇子の傑作物語

精霊の守り人 (新潮文庫)

精霊の守り人 (新潮文庫)

今、十二国記を完読した流れで同じく日本作家のファンタジー小説である守り人シリーズを再読し始めた。

やはり、好き!すごくいい!


あらすじは以下のとおり。

短槍使いの女バルサは、青弓川に流された新ヨゴ皇国の第二皇子チャグムを救う。彼はその身に、この世(サグ)と重なって存在する異世界(ナユグ)の水の精霊ニュンガ・ロ・イム〈水の守り手〉の卵を宿していた。チャグムの母、二ノ妃は、バルサにチャグムを連れて逃げるよう依頼する。新ヨゴの建国伝説では初代皇帝トルガルが水妖を退治したとされ、水妖に宿られたチャグムを、皇国の威信を守るため父帝が秘密裏に殺そうとしているのだ。(wiki引用)


守り人シリーズ児童向けに出版されているからわかりやすい言葉しか使っていないのに、幼稚さを感じさせない。

これはすごく難しいことだと思う。


そして文庫版のあとがきには恩田陸

恩田さんが言っているけど、原語(日本語)で壮大なファンタジーが読めるなんて、こんなに幸せなことはないと。

本当にその通りだと思う。できればもっと早くに出会いたかったくらいだ。

そして作者が文化人類学者なので、文化人類学的アプローチも多々感じられる。

舞台になる新ヨゴ国には先住民のヤクーと占領民のヨゴ人がいるし、政治的な策略による歴史の改ざんや、物語の謎を解く鍵が古来から伝わる祭りや民謡に関わってくるところなど、特にそう思う。

今回は、そういう部分に注目しながら読み進められたのでより楽しく感じられた気がする。


バルサとチャグム

私はバルサとチャグムの関係性がとても好きだ。

最初は、通りすがりの用心棒と助けられた皇子様という関係だった二人が、強い絆で結ばれていく。


チャグムは新ヨゴ王国の第二皇子、つまり、父である帝の次男にあたる子供だ。

水妖(本当は水の精霊の卵)につかれたために父親から殺されそうになるチャグムだが、やがて長男が病で亡くなったことにより、今度は跡継ぎ確保のためにチャグムをなんとかして保護しようと国が動き始める。

一度は自分の身分を捨てて逃げなければならないところまで追い詰められていたのに、見事な掌返しを喰らったチャグムはそれでも毅然として自分の運命を受け入れようとする(もちろん、シリーズを通して彼は藻掻きに藻掻き苦しんでいるけど)。

この苦難を11~12歳で経験しなければならなかったのは大きい。


一方で、主人公のバルサは30歳になる女用心棒だけれど、彼女も故国であるカンバル王国の後継者争いに巻き込まれて散々な子供時代を過ごすことを余儀なくされた人だったりする。

その時バルサを匿ってくれたのは、父親カルナの親友であるジグロだった。

ジグロは王家の武術指南役だった男だけれど、カルナからの頼みを聞き入れて全ての地位と名誉を捨て、バルサを連れて逃げた。

その結果、ジグロは故国から放たれた追手8人を殺すことになる。その8人は、皆ジグロの昔の友人だった。

身を引き裂かれるような思いをしながらバルサを15年間守り通したジグロ。

ジグロにそんな運命を背負わせてしまったバルサ

それを悔いたバルサは、亡くなったジグロの代わりに【8人の人の命を救うことでジグロが殺した8人の魂を弔う】ことを誓った。


チャグムが「自分はバルサが救う何人目の命なのか?」と問いかけた後のバルサの答えがとても心に残っている。

「ジグロが死ぬとき、耳元いったんだよ。父さん、父さんが犯した罪は、わたしが償うから安心して眠って、ってね。八人の命をたすけるからって。そうしたらね、ジグロは苦笑いして、いったのさ。――人助けは、殺すよりむずかしい。そんなに気張るなってね。ジグロは正しかったよ。争いのさなかにある人をたすけるには、別の人を傷つけなければならない。ひとりたすけるあいだに、ふたり、三人の恨みをかってね。もう、足し算も引き算もできなくなっちまった。――いまは、ただ、生きてるだけさ」


こんな感じで、決してこの物語は単純な勧善懲悪ではない。

正しいことをしても、そのすぐ傍にはその正しさに潰される人たちがいる。

これは、どうしようもない人間世界の真実だと思う。

世の中は、完全に【正義と悪】とでは分けられないんだよ、ということを児童文学で児童向けに書いているのである。

正直言って、大人にとっても耳が痛い話だ。


チャグムの若い心

チャグム皇子は先に書いたように、本人には何の過失もなかったのに勝手に水の精霊の卵を産み付けられたお陰で父親から命を狙われるようになった不幸な身の上だ。

それはバルサの子供時代と似たようなものなのだけれど、チャグムの場合は国から追われるだけでなく、精霊の卵を狙ってやがて現れると言われる得体の知れない怪物の影にも怯えながら過ごさねばならなかった。

産卵の時期に備えてチャグムの体が不安定になっていくと、彼の心も不穏に揺れ動くようになる。

その時、彼の中に生まれた理不尽な運命への怒りは、人間ならば真っ当な感情だと思う。

彼は思う、「なぜおれなんだ」と。

恐ろしい思いをして日々を過ごしながら、今まで気丈に耐えてきたチャグムはとうとう堰を切らしたように叫ぶ。

「いやだ! いやだ! いやだー!」
涙がとびちった。
「くそったれ! なんで、おれなんだ! なんで、こんな目にあわなきゃ、ならないんだ! 死んじまえ! 卵なんか! 勝手におれの身体に入りやがって!」
宙を蹴り、暴れ狂うチャグムを、バルサが背後からかかえあげて、くるり、と投げた。草地に投げとばされたチャグムは、受け身をとって起き上がると、わめきながらバルサにとびかかった。バルサの身体が沈んだ、とたん、チャグムはふたたび、草地に投げられていた。とびかかる、投げられる・・・息がきれ、動けなくなるまで、チャグムはバルサにとびかかり続けた。ついに起き上がれなくなって、チャグムは草地に仰向けになってたおれたまま、泣き続けた。
ひとしきり泣いたあと、のろのろと起き上がり、バルサを見て、チャグムは驚いた――バルサが泣いていたのである。バルサは涙をぬぐいもせずに、だまってチャグムの腕をとると、いっしょに<狩穴>の中に入っていった。

このシーンを読むと、何度も何度も自分の目から涙が滲んでくる。本当に、泣いちゃう・・・(涙)

世の中の理不尽への槌のおろし所のない憤りを、叫んで、わめいて、振り払いたくなるような激情を私も知っている。

そして、それを黙って受け入れて一緒に泣いてくれる人がいることのあたたかさも。


チャグムはバルサの涙に驚いたものの、まだまだ心は頑なで、その後もしばらくの間はまるで思春期の子供が母親に当たるようにバルサに怒りをぶつけて甘え続けた。

そんなチャグムに対して、バルサは言う。

「・・・・もうそろそろ、逃げるのをやめな」
「泣きたいんだろ。どうしようもなく胸の中が重くて、せつなくて、そうかと思えばたまらなく腹がたって、おさえられないんだろ」
「だけど、八つ当たりじゃ気分は晴らせないよ。あんたは、それほど馬鹿じゃないからね。そうやってれば、やってるほど、どんどん、むなしさがたまって、よけいにつらくなるだけさ。――そこらで逃げるのをやめて、ふりかえってみな。むかむかのもとが、なんなのかををね」

そしてさらに、世の中の理不尽に対して、彼女はこのように結論付けた。

「・・・・刃を研けば、切れ味はよくなる。確実にね。こんなふうに、すべてのものごとの結果のつじつまが合えば、いいんだけどね」
「やさしく、おだやかに生きてきた人が、ぶらぶら親のすねをかじって生きてきた馬鹿野郎に殺されることもある。この世に、公平なんて、もとからありゃしないのさ」

一見厭世的にも感じられるバルサのこの言葉、でも私は決して投げやりな気持ちから彼女がこのように言ったわけではないと感じた。

理不尽な生い立ちで苦しい思いをして、大切な人を何人も亡くしたバルサは、やはり児童文学の主人公にはそぐわない成熟した大人なのである。


バルサは、そんな世の中の残酷な真実を知りながらも、ジグロの言葉を心に留めて生きてきた。

「いいかげんに、人生を勘定するのは、やめようぜ、っていわれたよ。不幸がいくら、幸福がいくらあった。あのとき、どえらい借金をおれにしちまった。・・・・そんなふうに考えるのはやめようぜ。金勘定するように、過ぎてきた日々を勘定したらむなしいだけだ。おれは、おまえとこうして暮らしてるのが、きらいじゃない。それだけなんだ、ってね」

他人の目から見て不幸でも、その不幸な人生の中に、ジグロはバルサと過ごす喜びを見出していた。

そのことは、バルサにとって大いなる救いだったと思う。

そしてバルサは、自分もチャグムの用心棒をやって、初めてジグロの気持ちがわかったのだと言ったのだ。

その言葉はもちろん、チャグムの救いにもなったはずだ。


物語の結末であり、序章

結論から言うと、チャグムはバルサたちに助けられながら何とかして精霊の卵を狙う怪物から逃れ、無事に卵を孵すことができた。

生き延びたら市井で自由な暮らしをしたいと願っていたチャグムだったが、皇太子として、また国を救った英雄として帰還してもらいたいと迎えに来た家来たちと共に宮に帰っていく。

そしてバルサもまた、自分の過去と決着をつけるために故郷カンバルへと向かうシーンで物語は終幕する。


こうして2人の道は分かれた。

けれど、“精霊の守り人”のラストは明らかに続編があることを示唆した終わりで、その通り、後に全10巻にも渡る超大作になる。

守り人シリーズの途中から“○○の旅人”というタイトルの本が混ざるのだが、それが宮にもどって皇太子となったチャグムのアナザーストーリーなのだ。

てっきりアナザーストーリーなんだろうと思って旅人シリーズを読み進めていくと、チャグムが少年から青年になっていく中で再び国の抗争に巻き込まれ、最終的には別軸であるバルサ守り人シリーズとチャグムの旅人シリーズが再び一つの物語になっていくことがわかる。

バルサ一人を主人公にしていたらおそらく2~3巻で完結していた物語に、若いチャグムの成長物語を加えることで、大河ドラマのように壮大な物語になっていくという仕掛けが秀逸だと思うのだけど、作者の上橋さんはこれを最初から予期して書いたのではなく、途中から登場人物たちが勝手に動き出して最終的に10年以上もかけてこの物語を書き上げることになったとエッセイか後書きで書いていた気がする。

精霊の卵を産み付けられ自分の運命を呪って泣いていた幼い皇太子が、物語を追うごとにどんどんたくましく、頼もしくなっていく様を見るのは、読み手としても本当にワクワクが止まらなかった。

この話は、やはり全10巻すべてを読み切らなければその本領がわからないと思う。

ぜひぜひたくさんの人に読んでもらいたい!と心から願う、素晴らしい作品だ。