「私のこと何も知らないくせに」という言葉は甘えだと思う。

最近ふと思ったことをひとつ。

20歳くらいの頃、私にはひそかに心に決めたことがありました。

それは、”自分のことを誰かにわかってもらいたいと期待するのはやめよう”ということでした。

それは卑屈になって出した結論ではなくて、純粋にそう思ったのです。

私に限らず、一人一人が違う人生を歩んできていて、例え性別や年齢や郷里が一緒でも、親子や兄弟姉妹であったとしても、別々の個体である限りお互いに誰かを完全に理解することなんて土台無理な話なのだと。


最初から周囲の理解を得られない可能性のほうが高いんだと思っておけば、人から共感してもらえなくても然程心が痛むことはありません。

そう思うようになると、私は人と違う道を選ぶことが少し怖くなくなりました。

結局は、自分が納得の行く道しか歩めないのです。そういう性分なのです。

それなら綱渡りでも、誰かにとっては滑稽で意味のない人生に見えたとしても、自分が決めた目標に向かって這い進むしかないと覚悟しました。



少し話がそれますが、最近ある人が、「自分は自分の力だけでここまで生きてきた」「自力でチャンスをつかんで、結果をものにしてきた」「だから自分は自分ことしか信じていない」「人の意見は聞くが、聞き入れることはほとんどない(正しいと思えば受け入れるが)」という話をしていました。

それに対して私は、お酒が入っていたこともあり、思ったことを率直に言いました。

「誰の力も借りてない? 本当? 誰だっていろんな人の手助けがあって、成長して、一人前になるんじゃない? 自力ですべてのことをまかなえる人なんていないよね」

するとその人は、

「親は育ててくれたけど、それだけ。あとは自分の力でやってきた。自分のことを何も知らないくせに、そんなことは言われたくない」

と、言って突然腹を立ててしまいました。

私は思いがけず、その人にとっての地雷を踏んでしまったようでした。

以前から、その人が「自分は自分のことしか信じていない」と言うのを聞いたことがあったのでなんとなく在処はわかっていたのですが、私はその日あえてその地雷原を歩いたのです。

「そうだね、きっと私はあなたのことで知らないことがたくさんあると思う。気に障ったならごめんね」

そう言ったら、その後もしばらくブツブツ言ってはいたけど、やがて機嫌を直してくれました。


たぶん私は、その人の「自分のことしか信じていない」という言葉に以前から引っかかりを覚えていたんです。

その発言を、心の底では愚かで傲慢だと思っていたからです。

だからわざと意地悪をしたんです。

そしたら案の定な答えが返ってきたので、「甘えた人だな」と思いました。


自力ですべてを手に入れてきた、自分のことしか信じていない、そんなことをみなまで言えるのなら、誰かからの理解や共感だって初めから必要ないと切り捨てた方が良いのではないの?

それなのに何故そこで「自分のことを何も知らないくせに勝手なことを言うな」という言葉が出てくるのか。

それはやっぱり、“自分のことを誰かにわかってもらうことを期待している”からだと思うんです。

別にそう思うこと自体が悪だとは思わないけれど、「自分のことを何も知らないくせに」と言って相手を責めるような人は、たいていの場合、自分のことをわかってもらえるような努力を欠いているし、そう言って責めている相手のことをわかろうなんてこれっぽっちも考えていないと思います。


その人も、その瞬間はそういう人間でした。

自分、自分、自分。ただそれだけ。


勝手な憶測ですけど、今までずっとマジョリティの中にいて、その居心地良い空気に慣れてしまっている人がこういうことを言いがちなんじゃないかという気がしました。

皆と一緒が当たり前だった、だから人と違うこと、人に理解してもらえないことに腹を立てるんじゃないかと。

最初から人間は皆人それぞれだとわかっていれば、さらには、自分は他と比べる少しおかしい・ズレてるとわかっていれば、相手も同じ感覚で同じことを考えるだろう、だから私の気持ちをわかってくれるだろう、なんて幻想はまず抱きませんし、抱いたとしても「あっ、違った違った」と腐ることもなくすぐに思考の方向転換をすることができます。


まあその人に関しては、私に心を開いてくれているから負の感情も隠さなかったんだと思うから別にいいかとも思うんですけど、あなたは大人になってもそこで苦しんでるんだね、と少し気の毒に思ったのです。

そして、私自身も自分のこと誰かにわかって欲しいと思うのなら、ちゃんと言葉や行動で相手に伝える努力をしなくちゃいけない、と改めて思いました。

私の書いていることはもしかしたら冷めた考えなのかもしれないけど、人は完全にはわかり会えないというのは誰かと生きていきたいと願うのならいずれは受け入れるべき真実で、だからこそ沢山コミュニケーションを図って、その人のことを知ろうと努力するし、いつまでも意外な一面があるからこそ付き合いがいがあるんじゃないのかな…なんて、都合の良いことを思うのでした。

まとまりがないまま、おわり!



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