灰から生まれ、灰に帰る

f:id:abomi:20190222105553j:plain

一昨日は灰の水曜日でした。

灰の水曜日とは、復活祭(イースター)の40日前(日曜日は数えない)の水曜日のことで、この日から復活祭への準備期間である四旬節が始まります。

準備期間では具体的に何をするのかと言うと、信者は「回心する」ことに努めます。

つまり、悔い改めることです。


毎日社会にもまれて過ごしていて、しかもうまく気分転換できないことが続くと、だんだん心身ともに疲弊してきて、健やかでいることが難しくなってきます。

だから私にはいつも悔い改めるべきと感じることはたくさんあるのですが、昨日、灰の水曜日のミサに行って、そのことを改めて実感しました。

ミサの中で行われる灰の式と呼ばれる儀式では、神父から「あなたはちりであり、ちりに帰って行くのです」と言われながらシュロの葉を燃した灰で額に十字のしるしをつけてもらいます。


この言葉の中には“人間は儚い生き物”であるという意味合いがこもっているのですが、その儚い命の中でどう生きるかということを考えることは決して無意味なことではないと思います。

そのことをとてもよく感じさせるコラムが、ミサで配布された式次第の裏に書かれていました。

以下引用です。

「ちりに帰って知ること」
 今日は灰の水曜日です。典礼の中で灰の式が行われ、私たちは頭に灰を受けることになっています。この灰はキリストと出会って始められた新たな生き方へと、まごころから立ち帰る回心と、私たちは人間はちりのようにはかない存在であることへの自覚を私たちに迫ってきます。
 私の良く知っている方のご主人は、八十代を迎えるとともにそれまでの生活がままならなくなりました。奥様の顔も名前も忘れてしまいました。奥様はそれまでと同じように喜んでこまやかにお世話を続けていらっしゃいました。しかし、ある時からご主人は朝になると鞄を抱えてパジャマのまま靴を履き、とても急いで駅の方へ向かうようになりました。ご主人が現役時代、毎日通勤のために向かった駅への道です。奥様が止めても、どうしてもそうすると言ってきかないのです。奥様は一緒に駅まで急ぎ足で歩き、駅に着くと家に戻るという日々が一か月くらい続きました。
 ある朝、歩きながらご主人が言ったそうです。「俺が会社に行かないと、女房や子供が困るんだよ、姉さん!」毎日一緒に歩いてくれている奥様を姉さんだと思い込んでいたのです。奥様はおっしゃいました。「愛してるとか、大切だとか言ってもらったことは一度もありません。でも夫がどんな気持ちで、何を思って毎日毎日、駅に向かっていたか、壊れてしまった夫と同じ道を歩いてわかりました。ちりになって、はじめて知ることってあるんですね」。
 人はよく、人間は歳をとると赤ちゃんに帰っていくと語ります。このご主人は人の目には赤ちゃんや幼児のように映るかもしれません。しかし赤ちゃんには、この方が秘めていらっしゃる、ただひたすら愛する人のために自分自身を献げようとする内面はまだ育っていないのです。人は自分でも気づかないままに一生かかってこの種を育て、その実りをたずさえて高齢へと歳を重ねます。確かに私たちは地のちりから取られ、ちりへと帰っていくのですが、取られる時のちりと地へ帰っていく時のちりは同じではないようです。後者は「土の器」なのです。
 人はみな、ちりとしてのはかなさを身に受けています。でも人の思いをはるかに超えた神は、そのはかない「土の器」の中で思いのままに働いていらっしゃいます。このことを忘れないで心に刻みたいと思います。
(星野正道 東京教区司祭)


このコラムを読んだ後、私は、人間は歳をとってだんだん色々なことができなくなり、最後の最後には、今まで生きてきた中で育んできた財産の中でも決してなくならないものだけが残って、それがあられもなく剥き出しになるんだなあと思いました。

この旦那様の場合は、若い時には心に留めていた思いが、歳を経て露出したのだろうと思います。

文字にすると胡散臭いかもしれませんが、魂に刻み込まれていた思いだから認知症になっても忘れることがなかったのでしょう。


私には、親しく面倒を見ていただいている神父様に90歳前後の方が2人おられて、その2人ともが半年、1年と経つごとにどんどん小さくなり、いろいろなことができなくなっていく様子を目の当たりにしています。

確実に死に向かっていく人を見ていると私はなんだか無性に切なくなる時があり、一方ではご本人が一番歯がゆい思いをされているだろうに、この人たちはなんて気丈でバイタリティに溢れているんだろうと思います。

そして、人が老いていくその様子を間近で見させていただけることを本当にありがたく思っています。

老化という現象を概念では知っていても、初めて見るのが自分の身内の老化だったら、私はきっと今神父様方を見ているよりも冷静ではいられなかったと思うからです。


神父様方は、一般の人たちよりも人間の生き死にに関してかなり達観しておられます。

だから自分の老いに対しても基本的には落ち着きを持って冷静に眺めておられるのですが、スペイン人の神父様が一度だけ、今まで積み重ねてきた知識がぽろぽろと崩れ落ちていくかのように当然覚えていたことが思い出せなくなっていくことに対して感じる歯がゆさを露わにしたことがありました。

一瞬感情的になった神父様は、しかしすぐに持ち直し、信者に向かって「歳をとっていろいろなことができなくなっていくけど、あなたたちと一緒に祈り、語り合うことが私の生きる糧です」とおっしゃいました。

この立ち直りのはやさに私は驚いて、本当に感心しました。

この方は、きっと働けなくなるその瞬間までこのスタンスを崩さないのだろうと思います。


一方で、これは私の恩師のご両親の話ですが、そのお二人も同じく80代から90代の長寿で、やはりだんだんと自力で生活をまかなうことができなくなっていきました。

父親は若い頃から体力と健康を自慢とする人でしたが、老いへの実感を抱くと、死に対して異様な怯えを見せ始めたそうです。

そして今までは神仏的なものを鼻で笑って一切信じなかった人が、突然お寺に大金をお布施したり、日光東照宮に向かって祈るようになったのだそうです(つまり、徳川家康に祈っていたのかと)。

また、認知症が始まった母親は、目も見えづらく、耳も聞こえづらいと感覚の難も抱えており、「生きてたって仕方ないから早く死にたい」と投げやりな発言をするようになったと聞きました。


今までできていたことができなくなっていくことは恐怖であり苦痛であって、きっと先生のご両親のような反応が普通なのだと思います。

確実に自分のものであると思い込んでいたものがいとも簡単に手の内からこぼれ落ちていく時、「それでも絶対に失われないものを持っている」と自信を持って言える人が一体どれほどいるでしょうか。

しかしそれでも、“永遠に失われない何か”がないと、人は生きていけないと私は思うのです。

少なくとも、私はそれがないとどこかで人生を挫折すると思います。


とりとめなくなってきてしまったのでそろそろ締めます。

最後に、知り合いうちのお1人である日本人老神父様が私に常々おっしゃっていたことをここに書き留めておきたいと思います。

人生は一度きりです。

昨日は永久に失われて、明日はまだ来ない。

自分の手の内にあるのは、今日という1日だけ。

だからこそ、“今、何に心を向けて生きるか“ということを大切にしなさい。


誰かにとっては関心外のことであったとしても、私が「これだ」と思うものを信じて、それを何度も何度も思い出して、心に刻み込んで生きていきたいと思います。

結局何が言いたかったかと言うと、それも四旬節で求められる回心の一つではないかと思ったのです。