「私は〇〇ではありません」という免罪符

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真夏の綺麗な夕暮れ。



時々ぼんやり考えていることについて書きます。


「私は特定の宗教に属していません」とか「私は無宗教です」という言葉を時々聞いたり見かけたりすると思うけど、私はいつもこの言葉に何か引っかかりを覚えていました。


まず、歴史を振り返るとよくわかるのだけど、日本人って長い間<宗教的混乱>に晒されて来ていると思うのですね。

神仏習合したかと思えば廃仏毀釈させ、天皇を崇める神道(これも本来の神道からは変質している)を国教とし、戦争が終わると一転して宗教教育を廃止。

そこに新興宗教が発生して、オウムがサリン事件を起こし、外国ではイスラム過激派が9.11を起こした(最後は日本関係ないけど多大な衝撃は与えられたと思うので)。

いやーカオス。

さっくりとした流れはこんな感じですが、さらに豊臣秀吉の時代から始まり明治維新に至るまでの長い間キリスト教だけは徹底的に排除しようとした歴史もありますね。

切支丹迫害の歴史は、教科書に詳しく載っていないだけで調べれば調べるほどおぞましいものがあります。

一神教は日本の政治家からしたら邪魔な存在だったのでしょう。


ちょい話が逸れましたが、結論としては現代の日本人が言う「私は特定の宗教に属していません」「私は無宗教です」という言葉の多くは無神論者であることとイコールではなく、これまでの歴史的な出来事を背景にして発せられる「私は特殊(危険・不審)な思想の持ち主ではありません」という意味の免罪符なのだろうということです。

要するに踏み絵みたいなものかな?ん?


皆、そんなことは深く考えずに使っている言葉だと思うし、あるいは無宗教ではない人たちを含む世間へ自分の意見を述べる前に配慮として言っていたりもするんだろうけど。

自分としては、何故そんな前置きをわざわざ言うんだろうなってずっと不思議に思っていました。

何故なら、人が何かを語る時に、必ずしもそのことに関するエキスパートである必要はないし、当事者でなければならないわけでもないと思うからです。


考えてみてほしい。

世間がLGBTについて語る時、「私はそうじゃないですけど」とわざわざ前置きされたら、当事者はどんな気持ちがするだろうかと(下手な例かもしれない)。

私は、その時点で(あ、一線引かれたな)と感じると思います。

こんなことを言ったら、自意識過剰・被害者意識が強すぎると思われるのかな。

まあ実際、自意識は過剰だと思います。

でも、当事者たちは<過剰>にならざるを得ない環境にずっと身を置かれてきたのもまた事実なんですよね。


だから何が言いたいのかと言うと、私はね、自分では考えらえないようなことをしている人や自分とは両極の立場にいる人とかでも(非常識な人は除く)、すんなりその事実を受け入れられる自分でいたいと思うのです。

多様性が認められるようになってきた世の中で、いつまでも誰かと一緒であることにこだわるのはあまりにナンセンスだから。


でも、まだまだ<皆と一緒>にこだわる人がたっっっくさんいるのも本当。

特にこの年齢になって感じるのは、恋人がいなきゃ、結婚してなきゃ、子供がいなきゃ、という強い固定観念

彼・彼女らからしたら、例えば同性愛者である自分を想像することはきっとできないのだろう。


私が自分をマイノリティだと感じる瞬間は、やはり宗教関連であることが多いのだけど(そこから派生して変わった思想の持ち主になった部分も少なからずあると思うので)、世の中の当り前に馴染めない自分を自覚することで後々良かったなと思えたのは、同じように肩身の狭い思いをしている人・したことのある人へ、ほんの少しであっても理解を示せる時だ。

自分で言うのもなんだけど、いろんな種類のアウトローから好意的な気持ちを持ってもらうことが多いのです。

その理由として「あなたって媚びないよね」と言われたことがあって、当時は褒め言葉に聞こえなかったし何だかよくわからなかったけど、今になって思うのは配慮しすぎることも相手が居心地の悪さを感じる要因になるのだろうということ。


うーんとつまり、「私は○○ではありません」という断り文句は、○○である人からすれば、言われるだけでもの悲しさを覚える台詞なんです。

まるで「私はそちら側には行きません」と言われているような気分になる。

いや別にこっち来てくれなくてもいいよって思ってるのに、わざわざ最初に断られると敬遠されてるようで寂しくならないか。

配慮のつもりで言ってくれているのはわかるから決して否定はしないけれど、そこは「あっそうなの?」くらいに流して「私はこう思うよ!」と自分の考えを示してくれた方が、ずっと心地よいと思うのです。


私に「媚びないよね」と言ってきた人は、つまりそういうことを言いたかったのかなと。

確かに私は、相手が男だろうが女だろうが年下だろうが年上だろうが独身だろうが既婚者だろうが、どんな話にもだいたい同じリアクションをすると思います(礼儀は尽くすよ)。

自分がそうしてほしいから無意識にそうしているんだと思う。


なんて、長々と書いてしまったけど。

自分にもまだまだ偏見がたくさんあると思うので、日々精進でございます。

まとめにすらならない・・笑。