少々雑な広島旅行記(2

さて、2日目は広島市内観光です。

 

朝イチでもう一度温泉に入りました。

 

相変わらず他のお客さんはいなかったのでひっそり写真を撮る。

f:id:abomi:20190916161351j:image

大浴場から海が見えるのです。ついでに車も通るのでちょっと注意。

 

朝ごはんも変わらず美味しく、広島ではよく売っているらしい「牡蠣醤油」なるもので卵かけご飯をいただきました。

 

 

1日乗り放題500円の観光バスチケットを購入して最初に向かうのは広島城

 

大きな都市は大抵バスや電車で観光地をまわれるので便利ですね。

 

f:id:abomi:20190916161720j:image

 

豊臣秀吉くらいの時代に建てられた本物はやはり原爆で倒壊してしまったそうで、こちらは同じ敷地内に改めて作られた木造建築の広島城

 

中は小さな博物館のようになっています。

 

 

次に原爆ドーム近くのおりづるタワーで少し休憩。

 

1階の握手カフェというところが気になってて、食べたかったもみじまんじゅうソフトを食べました。

 

f:id:abomi:20190916162148j:image

美味しい。

 


f:id:abomi:20190916162242j:image

 

あまりバシバシ写真撮るもんじゃないかな‥と思いつつ。

 

外殻だけが残った原爆ドームは、元々は広島県物産陳列館という建物だったそう。

 

概要文には、爆心地から約200メートル、ドームの中にいた人たちは全員死亡したと書かれていました。

 

 

それから原爆の子の像


f:id:abomi:20190916162633j:image

 

2歳で被爆し、11歳で白血病を発症。その後癌が色々なところへ転移し、12歳で亡くなったという佐々木禎子さんをモデルとした像です。

 

現代でも福島で原発事故が起きたことはまだまだ記憶に新しいし、無関係とは言えないな‥と思った。

 

 

その後は平和記念資料館へ。

 

むっっちゃヘビーでした。

 

途中で若干気分が悪くなるくらい‥。

 

でも、原爆の資料館なのだからそのくらいの過激さがあって良いと思う。

 

近年はだしのゲンが禁書扱いを受けたり、被爆者像を模した蝋人形が撤去される等のニュースがあったけど、私は断固反対。

 

だから辛かったけど、最後までじっくり見ました(K氏は残酷な写真がダメだったみたいで先に行ってしまった)。

 

確かに全身に火傷を負った人や、浴びた放射線が致死量に達していた人たちの皮膚に浮かび上がった死の斑点の写真を見るのはしんどいけれど、一生に一度は絶対に見るべきものだなと思う。

 

そのくらいインパクトがありました。

 

 

そして私はやっぱりお世話になっている神父様のことを思い出していた。

 

あの人は74年前にこの地獄を見ているのか‥と。

 

こんな地獄を見たら、それは当然人生のコアが戦争になってしまっても仕方ないと思うのです。

 

だってこれ以上に衝撃的な出来事なんて起こるはずがないんだから。

 

その中を生き延びて、70年の時を経て私に色々な大切なことを教えてくださったことは本当に有り難いことなんだなと改めて思った。

 

あの人の言っていた言葉を一生覚えていたい。

 

 

さて、資料館がヘビーだったのでこの後我々は普通にお昼ごはんを食べられるのか!?

 

と、些か疑問を覚えながらもK氏が楽しみにしていた広島風お好み焼きを食べにお好み焼き村へ。


f:id:abomi:20190916205831j:image

 

めっっっっっちゃ美味しかった。

 

また牡蠣の鉄板焼も食べてしまった。

 

めっっっっっちゃ美味しかった。

 

そばが入ってるのがまたいいよねえ。

 

 

そして最後に平和記念聖堂へ。


f:id:abomi:20190916205934j:image

 

お好み焼き村の近くにあるので歩いていきました。

 

とても立派な教会でした。

 

私はこういう時を機会に地道にK氏を教会に連れて行ってます(笑)

 

御聖体はメインのお御堂とは別の場所に安置されていたので、改めて御聖体とは?という説明をしてあげられたのが良かったかな。

 

こういうのに(例えあまり関心がなかったとしたも)嫌な顔せずに付き合ってくれるのはありがたいです。

 

 

そして広島駅に戻り、お土産をたらふく買って飛行機に乗り込み、東京へ帰って参りました。

 

なかなか疲れたけど、良い思い出となりました。