新しく家族を持つことの難しさよ

先日久しぶりに幼馴染とご飯に行ってきました!

お酒好きな子なので、飲みに誘ってくれたのです。


やはり話題は近状報告が中心になるのですが、先に結論を言ってしまうと、幼馴染の精神状態が心配になる話が多かったように思います。

幼馴染には離婚歴があり、その後落ち着いてからは精力的に人と出会って婚活に励んでいました。

離婚から数年が経ちますが、その間本気で素敵だな・好きだなと思えた人とも上手くいかず、最近は少し婚活から遠ざかっているようです。


幼馴染みは家庭環境もあまり宜しくなくて、兄弟はいるものの彼女が離婚した高齢の両親の面倒を一人で見なければならなかったり、仕事も安定しているとは言い難く、先のことへの不安も大きかったのだと思います。

そういう不安や寂しさを埋めるために、ここ数年の間で幼馴染みはお酒と出会いの場にさらにのめりこんだようでした。

以前にも少し聞いてはいたのですが、平日でも夜遅くまで飲み歩いて(しかも決して安くはないバー等に行っている模様)、翌日の仕事は休んでしまったり、そこで出会った人と一晩過ごしたり、痴情の縺れに巻き込まれたり。

自分でもまずいな~と思ってはいるようなのですが、やめられず、どうやら借金?までして飲み歩いているようです。


痛々しくて、悲しくて、「ああこれは病んでいるな」と思いました。

元来明るい子なので、あくまで明るい調子で笑い話のように話すのですが、生活が破綻しかけていることは明白でした。

このままだと幼馴染はどうなってしまうんだろう。


友達としては「そういうのは良くないよ」と諭すのが最も誠実な対応なのかもしれないけど、私にはできませんでした。

幼馴染は寂しくて、しんどくて、それを埋めるために飲み歩いているわけで、久しぶりに会っただけの友達(私)に正論を言われても彼女はきっと私から離れていくだけだろうと思ったからです。

別に嫌われるのが怖いということではなくて、時々ご飯に行って話を聞くだけでも彼女のストレス発散にはなるんじゃないかとか、そうしているうちにもしかしたらいずれは私が彼女に何か言えるやできることがあるかもしれないと思っているからで、そういう機会すら失う恐れのあることを言う気になれなかったのです。

苦しんでいる人を正論で追い詰めるのは、さらにその人を追い詰め孤独にさせる行為に等しいと思いました。


だからただ話を聞くことしかできませんでした。

子供の頃から知っている友達がそういう形で壊れそうになっているのを見るのはしんどいです。

私に今すぐできることは少ないけど、時々会って話を聞くことは続けようと思います。



そんな幼馴染と話していて印象深かったのは、彼女が「人を変えることができるなんて思うのは傲慢だ」と言っていたことです。

幼馴染は元夫さんと離婚する時に自分が間違えたのはここだと言っていました。


元夫さんは、母親との間の母子癒着が激しく(所謂マザコンなんだけど、それプラス母親の言いなりになっている感じ)、本人はそれに少し違和感を抱きつつもドロドロに甘やかされて育った環境に馴染み過ぎている人でした。

幼馴染みは付き合っている当初から「そういうのはおかしいよ」「自分でちゃんと考えるべきだよ」と諭していたそうです(本人も反省していましたが、実際にはもっとキツい口調で追い詰めている時もあったとか)。

一時期は元夫さんは自分で決断すべきところは母親の干渉を断ることができるようになるまで状況が改善されていたみたいですが、その結果幼馴染みは義母や義姉に大層嫌われてしまいました。

それでも結婚した後しばらくの間はそこそこ良好な関係を築いていたそうでうすが、きっとお互い心の底に鬱憤を溜め込んでいたせいでしょう、ちょっとしたトラブルで元々あった歪みがあっという間に大きくなり、義理家族と幼馴染みの間で板挟みになった元夫さんは逃げるように家を出て行ってしまいました。

その後の話し合いで元夫さんは幼馴染みに対し、「自分を大切に育ててくれた親や家族を何故そんなに否定されるのかわからない」「そういうのがずっと辛かった」「自分は何をどう変わればいいのかわからない」と言ったそうです。


幼馴染みはただ元夫さんに自分の伴侶としてもっとしっかりして欲しかったのだと思います。

それに、義理家族に少し問題がある以上もしこのまま幼馴染みとの間で対立が起こったら元夫さんは義理家族に味方してしまう不安もあったと思うし、それを事前に察知して元夫さんを徐々に矯正しようとしていたのは決して間違いではなかったと思う。

ただ、幼馴染みは「もし元夫が変わりたい(母親から自立した自分になりたい)と思っているのなら私のやり方は有効だったかもしれないけど、彼は何だかんだで現状で満足していたから、私がいくら変わらないとダメだよと諭しても本当の意味では納得してなかったんだと思う」と言っていました。

そうして彼女は「他人を変えようとするなんて傲慢だった」という結論に至ったようです。


こういう点において、私は絶対的に幼馴染み派なんですよね。

親には感謝してるし大切だけど、あまりにも困ったことをするなら血が繋がっていようが育ててくれた恩があろうが、縁が切れる時は切れると思います。

でも、これを理解しない・冷たい考えだと捉える人の多いこと多いこと。


束縛体質の親元で育つと子供の反応は二極化するようで、大人になっても親にベッタリになってしまうか、子が親を遠ざけるかのいずれかで、どちらにしてもちょうど良い距離感の親子関係を築くのは難しいように思います。

ちなみに私自身は後者だと思っています(元夫さんは前者)。

それほど酷い親ではなかったとは思うけど、私は母親から離れたいし、絶対にあの人の庇護下に戻りたくないのです。

少し病的な感じがするのは、物理的には離れて住んでいるのに母親のことを執拗に考えてしまう(自分が何か行動する時、どうしたら母は喜ぶか・哀しむか・嫌がるか・ということをその都度考えてしまう)ところかな。

話が逸れるけど、私は自分がこういう感じになってしまっているので自分が子を持つ自信がありません。

先のことがどうなるかはわからないけどさ。


私たちは、親に対してやるべきことはやっている。

その上で親が私たちを困らせて、このままじゃ引きずられて自分の生活も破綻してしまうかもしれない、そう思ったら、どんなに表面上は優しくて良い親だったとしても断ち切るしかないと思うのです。

幼馴染みは、一通り身の上話を聞いた後に「でも親じゃん」と色んな人から何度も言われ、その言葉が大嫌いだと言っていました。

「でも親じゃん」

その事実だけで、子供はすべてのことを許容しなきゃならないんでしょうか。

そんなのあり得ないでしょ。

子供に捨てられる親は、そういう自分だったと自分に責任を求めるべきで、周囲の人たちは何も口出しする権利はない。

だから私は幼馴染みの話を黙って聞くし、彼女を否定するようなことは言わない。

彼女は、他人の目からは冷たく見えたとしてもその時の自分が親に対してできることを精一杯やってきたと思うから。

これ以上一体何をしろと言うの?


それに、一生を共にする伴侶には自分を一番に考えて欲しいと思うことだって当たり前のことです。

実家が大好きな友達は「結婚したら夫には自分の家族とも仲良くして欲しい!」と言っていて、それは別にダメなことではないけど私は何だか違和感を覚えていて、それよりもむしろ幼馴染みの「結婚して世帯が別れた以上、最優先すべきは実家の家族ではなく配偶者(それは実家の家族を蔑ろにすることとイコールではない)」という考えの方がしっくりきました。

前者の主張をした友達が自分の家族と仲良くしてもらって相手の家族をそれ以上大切にするというなら別だけど、そういう人って少ないし、その子はただ仲良し家族に夫を加えたかっただけだと思うので。

そういうのは違うよなあと思うのです(でも元夫さんもこういうことを幼馴染みに求めていたみたい)。

だから、幼馴染みが義家族とベッタリだった元夫さんと合わなかったのは仕方ないことだったのかもしれません。


何か、家族とか親の概念が根本から違う人との結婚ってすごく難しいことなのかもと改めて思いました。

そしてもう一つ、どんなに相手の家族がおかしくても頭ごなしに否定するようなことを言ってはいけないんだなとも思いました。

この2つを同時にやることはきっとすごく大変なことです。


私もこれからのことで色々なことを覚悟しなきゃらならないし、幼馴染みが考えていたように、2人でどんな時も協力してお互いを一番に考えて暮らしていこうねという約束はしておきたいな。

普通はそれが結婚式における誓いの言葉なのだろうけど、昨今はファッションとか記念としての意味合いの方が強くて、この点においてお互いの覚悟が疎かなんじゃないかなと思ったり。

でもファッションに走るのは大抵女性の方が多い傾向があると思うし、結婚式が最高潮で後は尻窄みみたいな家庭にならないためにも女性側ももっと慎重にならなきゃいけないはずです。

こんな説教臭いことを書きたかったわけじゃないんだけどなあ~。


今はただ、幼馴染みが心穏やかに過ごせる日々が早く来るように願うだけです。