【夜と霧】心理学者のアウシュヴィッツ

夜と霧 新版

夜と霧 新版

私は、学生時代に恩師の本棚の中にはじめてこの本を見つけた。

古い装丁のその本を眺めていると、恩師が「それは良い本ですよ」と言った。

その後、東日本大震災の時に”夜と霧”の再ブームが起こった。

一体震災とどういう関係があってアウシュヴィッツ収容所に関する本がブームになるのか?と不思議に思った記憶がある。

そんな感じで、ずっと前から気になっていたこの本。

大ベストセラーなのだから、きっと、読む価値のある本なのだろう。

そう思いつつも、手に取らないまま年月が過ぎていった(一番の理由は、文庫化してないから買わなかったのです)。

その数年後に今の彼氏と付き合うようになってから、突然「読んでもらいたい本がある」と言われて差し出されたのがまた”夜と霧”だった。

ずっと気になっていたから、有り難く借りて読んだ。

すごく読み応えがあって、長年読み継がれてきた意味がようやくわかったような気がした。

この本は、生きることの本質に触れているように思う。

そういう普遍的なテーマを掲げている本は、何年、何十年経っても鮮烈な印象を持ったまま残り続けるものだ。

題名の由来

"夜と霧"というタイトルは邦題であり、ドイツ語の原題は"それでも人生に然りと言う : ある心理学者、強制収容所を体験する"というそうだ。

邦題の由来の1つとして、当時のヒトラーによる総統命令に“夜と霧”作戦という名称のものがあったとある。

ホロコーストの際に、【収監者はドイツへ密かに連行され、まるで夜霧のごとく跡形も無く消え去った】という現象があったことから、このように呼ばれるようになったのだとか(諸説ある様子)。


アウシュビッツからの生還者が書いた体験記は戦後にいくつも出版されたのだろうが、未だ世界的に有名な本書の特徴はやはり、著者が心理学者であり、心理学の立場からアウシュヴィッツにおける経験を解明しようとしたところであると思う。

この点は、以前紹介したことがある放射能医学博士の観点から原子爆弾投下を描いた"長崎の鐘"にも通じるところがある気がする。

abomi344.hatenablog.com

それぞれの著者が専門家として、その時代に起きた最も衝撃的な出来事のうちの1つである原子爆弾投下とホロコーストについて書いているのだから、読み応えがあることは間違いないのであわせてオススメしたい。

地獄に突き落とされた人間の心の変化

フランクルは心理学者として、アウシュヴィッツ収容所に収容され、唐突に人権を失った人々の心の動きを克明に描いている。

着ている服を、持ち物を取られ、髪を剃られ、身分も地位も失われ、名前さえも奪われ、文字通りその人をその人と証明するアイデンティティを失った人々。

正直言って、全く想像がつかない。

フランクル自身も、アウシュヴィッツにおける経験についてこのように述べている。

飢えた者の心のなかで起こっている、魂をすり減らす内面の葛藤や意志の戦い。これは、身を持って体験したことのない人の想像を超えている。


残酷な選別を受け、生き残っても働き潰され、死んでいくだけだと気づくと人は人間らしい心の動きを失っていく。

しかし、それでもどこかで我を保とうと藻掻いており、その時彼らは、肉体的な痛みよりも精神的な痛みに苦しみを覚えるのだ。

殴られる肉体的苦痛は、わたしたち大人の囚人だけでなく、懲罰をうけた子供にとってすら深刻ではない。心の痛み、つまり不正や不条理への憤怒に、殴られた瞬間、人はとことん苦しむのだ。だから、空振りに終わった殴打が、場合によってはいっそう苦痛だったりすることもある。


そして、著者自身もまた、人として生き続けるために何らかの方法で必死に自我を保とうとしている。

最後のころには、一日一回、ほんの小さなパンが配給されるだけだったので、それをどう食べるのがいいとか悪いとか、わたしたちは延々、議論した。
~中略~
収容所で暮らす二十四時間のうち、もっともおぞましいのは、朝、目を覚ますときだった。まだ明けやらぬ時刻、「起床」を命ずる号笛が三度鋭く響き、わたしたちを疲労困憊の眠りから、切ない憧れの夢から、無慈悲に引き離すとき、傷だらけで飢餓浮腫のために腫れ上がった足を濡れた靴にむりやり押し込もうと悪戦苦闘するとき、目覚めたとたんに靴紐がわりの針金が折れたりして思わぬトラブルが生じ、嘆いたり悪態をついたりする声を耳にするとき、いつもはしっかりしている仲間たちが、濡れて縮んでしまった靴を手に、雪のつもった点呼場にはだしで出て行かなければならないと、子供のように啜り泣いているのを聞くとき――この陰惨なひととき、わたしにはかすかな慰めがあった。ゆうべ取り置いておいたパンのかけらをポケットから出し、それを――一心不乱に――むさぼり食うのだ。

上記の引用部分が、私がこの本の中で最も背筋が凍る様な気持ちがした文章だったように思う。

文字通り、”おぞましい”と感じた。そしてどこまでも果てしなく哀しい。

それでも”人”として生きる

人として生きるってどういうことを言うんだろう。

衣食住が満たされた環境で過ごすこと?

確かに「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」は憲法でもすべての人に認められていて、衣食住が満たされることはその必要条件に入るのかもしれない。

でも、もっと精神的で根本的な意味を問うのなら、”人として生きる”というのは着る服があること・食べ物があること・住み処があることとは別次元にあるのだと思い知らされる。


著者は、この本の中で人間は二極化すると言う。

どんなに残酷な環境下に落とされても、自らは人間でい続けようとする人人間であることを放棄する人

人間であることを放棄する人の中には、残忍な監守や一部の被収容者も含まれていて、彼らは同じ人間を貶め、殺すことをまるで厭わない。

逆に、どんなに虐げられても毅然としてその苦しみに耐え抜く人もいるし、最初こそあまりの辛さに我を失い欠けるも、最後まで人間であることを辞めない人もいる。

その違いがどこから来るのかはわからないけれど、後者のような境地に至った人はほんの一握りであったとフランクルは言う。


ここで1つ、とても印象的なエピソードがある。

アウシュビッツの中でフランクルが医師として診ていた女性の話だ。

この若い女性は、自分が数日のうちに死ぬことを悟っていた。なのに、じつに晴れやかだった。
「運命に感謝しています。だって、わたしをこんなにひどい目にあわせてくれたんですもの」
彼女はこのとおりにわたしに言った。
「以前、なに不自由なく暮らしていたとき、わたしはすっかり甘やかされて、精神がどうこうなんて、まじめに考えたことがありませんでした」
その彼女が、最期の数日、内面性をどんどん深めていったのだ。
「あの木が、ひとりぼっちのわたしの、たったひとりのお友だちなんです」
彼女はそう言って、病棟の窓を指さした。外ではマロニエの木が、いままさに花の盛りを迎えていた。板敷きの病床の高さにかがむと、病棟の小さな窓からは、花房をふたつつけた緑の枝が見えた。
「あの木とよくおしゃべりをするんです」
わたしは当惑した。彼女の言葉をどう解釈したらいいのか、わからなかった。譫妄状態で、ときどき幻覚におちいるのだろうか。それでわたしは、木はなにかいうんですか、とたずねた。そうだという。ではなんと?それにたいして、彼女はこう答えたのだ。
「木はこういうんです。わたしはここにいるよ、わたしは、ここに、いるよ、わたしは命、永遠の命だって・・・」


このように、同じ人間の中でも、人間であることを辞める人と、人間として次の次元に入っていく人がいるのかもしれないと思う。

人間の精神力は計り知れない。

そして何より、彼女が口にした「わたしは命、永遠の命だって・・・」という言葉は、紛れもなく神のことだろうと思う。

この女性は、死の間際に神に慰められていたのだ。

だから最期に荒むこともなく、穏やかに落ち着いていられたのだと思う。

※永遠の命とは、神の別名の1つでもあります。


そして著者のフランクル自身はと言うと、彼もまた、愛する妻を通して神からの慰めを得ていたと思う。

そのとき、ある思いがわたしを貫いた。何人もの思想家がその生涯の果てにたどり着いた真実、何人もの詩人がうたいあげた真実が、生まれてはじめて骨身にしみたのだ。愛は人が人として到達できる究極にして最高のものだ、という真実。今わたしは、人間が詩や思想や信仰をつうじて表明すべきこととしてきた、究極にして最高のことの意味を会得した。愛により、愛のなかへと救われること! 人は、この世にもはやなにも残されていなくても、心の奥底で愛する人の面影に思いをこらせば、ほんのいっときにせよ至福の境地になれるということを、わたしは理解したのだ。
~中略~
もしもあのとき、妻はとっくに死んでいることを知っていたとしても、かまわず心の中でひたすら愛する妻を見つめていただろう。心の中で会話することに、同じように熱心だったろうし、それにより同じように満たされたことだろう。あの瞬間、わたしは真実を知ったのだ。
「われを汝の心におきて印のごとくせよ・・・其は愛は強くして死のごとくなればなり」(雅歌 第八章第六節) 《もはやなにも残されていなくても より》

最後の文は、旧約聖書の雅歌からの引用だ。

雅歌とは、神と人間の関係を夫と妻、男と女に見立てた恋文のような詩が集められた部分のことなのだけど、フランクルがここに雅歌を引用していることにはすごくハッとさせられた。


また、被収容者達は雄大な自然からも慰めを得ている。

あるいはまた、ある夕べ、わたしたちが労働で死ぬほど疲れて、スープの椀を手に、居住棟のむき出しの土の上の床にへたりこんでいたときに、突然、仲間がとびこんで、疲れていようが寒かろうが、とにかく出てこい、と急き立てた。太陽が沈んでいくさまを見逃させまいという、ただそれだけのために。・・・わたしたちは数分間、言葉もなく心を奪われていたが、誰かが言った。「世界はどうしてこんなに美しいんだ ! 」

この文章を読んだ時、胸が熱くなって涙が出そうになった。

雄大な自然に心癒される瞬間は、多くの人たちが共通して持っている経験だと思う。


自然を見て感動する時、私は、聖フランシスコが「兄弟である太陽、姉妹である月」と言って、それを賛美したのを思い出す。

人間が神の被造物であることを踏まえ、聖フランシスコはそのように歌ったのだ。

つまり、人は、自然を通して神を見ている。

そして、夫や妻への愛、子供への愛を通して、神を見ている。

その逆も然りである。

その認識を改めて強く持つことが出来た。

人や、自然の中で生きることは、確実に神に繋がっている。

運命の否定と、人生の意味のコペルニクス的転回

ひとりの人間が避けられない運命と、それが引き起こすあらゆる苦しみを感受する流儀には、きわめてきびしい状況でも、また人生最期の瞬間においても、生を意味深いものにする可能性が豊かに開かれている。勇敢で、プライドを保ち、無私の精神を持ち続けたか、あるいは熾烈を極めた保身のための戦いの中に人間性を忘れ、あの被収容者の心理を地で行く群れの一匹となりはてたか、苦渋に満ちた状況ときびしい運命がもたらした、おのれの真価を発揮する機会を生かしたか、あるいは生かさなかったか。そして「苦悩に値」したか、しなかったか。このような問いかけを、人生の実相からは程遠いとか、浮世離れしているとか考えないでほしい。たしかに、このような高みに達することができたのは、ごく少数の限られた人々だった。収容所に遭っても完全な内なる自由を表明し、苦悩があってこそ可能な価値の実現へと飛躍できたのは、ほんのわずかな人々だけだったかもしれない。けれども、それがたったひとりだったとしても、人間の内面は外的な運命より強靭なのだということを証明してあまりある。 《運命――賜物 より》


ここで、フランクルは”運命”という言葉を使っている(あるいは原文では違う言葉を使っているのかもしれないが)。

しかし最後の文でも触れているように、私にはフランクルは”運命論”を否定していると感じられる。

そう思った理由は、後に展開される”人生の意味”にまつわる話に繋がっていく。

ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。わたしたちが生きることから何を期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ。ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。哲学用語を使えば、コペルニクス的転回が必要なのであり、もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問の前に立っていることを思い知るべきなのだ。 《生きる意味を問う より》


人は皆、一度は「一体何のために生きているんだろう」と自身に問いかけると思う。

特に、突如として辛い境遇に置かれたり、理不尽な目に遭ったりすると、「何故こんな目に遭うんだ」「何のために生きてるんだ」「私の人生って一体何なんだろう」と自問自答すると思う。

フランクルはそれに対して、「生きることに何かを期待するのではなく、生きることが自分に何を期待しているのかを考えるべきだ」と言っている。

どんなに辛い境遇にあったとしても、それは定められた運命などではなく、そのこと自体には何の意味もないと言っているのだと思う。

物事には因果があるので全てのことに当てはまるわけではないにせよ、自分一人の力では変えられないことは世の中にいくらでもある。

そのことを恨んでも、悔やんでも、仕方がないのだ。


この発想の転換が、おそらく現代人にも受けたのだろうと思う。

だから、逃れようのない大震災の時に、この本が再ブームになったのだろう。

私は、運命を恨んで腐っていくよりも、ずっとずっと人として賢明な生き方だと思う。


そして、先に挙げた若い女性(アウシュヴィッツで死期が近いことを悟っていた女性)の最期の様子を見てもわかるように、「幸福で恵まれた人生にしか価値がない」なんてことは決してないのだということも、真実だと思う。

どのような形でも、人生に意義はある。


私の彼氏も、フランクルが掲げた”人生の意味”に衝撃を受けたと言っていた。

人は、あらかじめ用意された運命(人生)を生きるのではなく、自ら生きる意味を見出していくものだという考えに共感を覚えたそうだ。


フランクルは残忍なレイシズムが横行した時代とその場で、このような人生観の転換に至った。

不思議に感じたのは、心理学者として人間の精神の変化を書きだした前半よりも、より追い詰められていった後半の方が、フランクルの筆が人の感情に訴えるような情熱を孕んでいるように感じられたところだ。

〈わたしたちは、おそらくこれまでのどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。
では、この人間とはなにものか。
人間とは、人間とはなにかをつねに決定する存在だ。
人間とは、ガス室を発明した存在だ。
しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りのことばを口にする存在でもあるのだ〉

「人は強制収容所に人間をぶちこんですべてを奪うことができるが、たったひとつ、あたえられた環境でいかにふるまうかという、人間としての最後の自由だけは奪えない」


この文章、何度読んでもぞわぞわする。

これこそ、人間として生きることの真理のように思う。