【羊たちの沈黙】「勇敢なクラリス、子羊たちの悲鳴が止んだら教えてくれ」

羊たちの沈黙(字幕版)

羊たちの沈黙(字幕版)

  • メディア: Prime Video

今度は、前回レビューした“ディア・ハンター”とはトラウマ(心的外傷)繋がりで“羊たちの沈黙”をレビューします!


私の場合、人に尋ねられて答える一番好きな映画は、表向き用のものと本心からどハマリしたものとで分かれています。

表向き用の1位は“ショーシャンクの空”にです。素晴らしい映画ですね。

でも裏ランキングの第1位はぶっちぎりで“羊たちの沈黙なのです。

そういうわけで長いレビューになると思いますが(いつものことか)、興味のある方には是非お付き合いいただければ・・・。




巷ではホラーだとかスプラッタだとかで敬遠されがちなサイコサスペンス映画ですが、私は人間の精神面の深遠を掘り下げた恐ろしき良作だと信じてやみません。


はじめは私も例にもれず何か怖そうな映画だな~と思っていたのですが、好きな作家である村上龍恩田陸が2人揃ってエッセイでとても良い映画だと書いていたので、その昔気になって借りてみたのです。

ちなみに言及していたのは以下2冊。面白いです。

ダメな女 (光文社文庫)

ダメな女 (光文社文庫)

  • 作者:村上 龍
  • 発売日: 2004/05/13
  • メディア: 文庫
小説以外(新潮文庫)

小説以外(新潮文庫)


はじめの邂逅シーンの緊張感が異常

なぜそんなにこの作品が好きなのかと言われると、初めはアンソニー・ホプキンス演じるサイコキラーであり精神科医ハンニバル・レクター博士の魅力にハマったからです。


レクター博士って所謂“愉快犯”的な殺人鬼ではないのですね。

殺人を犯すにあたり、ひとつ明確なポリシーがあって、それは彼が“無礼”だと感じた人間を殺して“食べる”ことなのです。

そのため、レクター博士は逮捕された後は「ハンニバル・ザ・カニバル(人食いハンニバル)」とも呼ばれて怖れられていました。

情報だけを耳にするとただの猟奇的な連続殺人犯ですが、彼には粗雑な雰囲気は一切無く、教養に満ちて紳士的な品のある人間に見えます。

とても魅力的な人物として描かれているのです。サイコパスの典型ですね。


羊たちの沈黙”は、レクター博士が逮捕された後の話から始まります。

巷を騒がせているサイコキラーバッファロー・ビルを捕まえるべく、FBIの犯罪行動心理学科から派遣された学生・クラリスジョディー・フォスターめちゃかわいい)が、捜査協力を仰ぐために精神医学の権威であるレクター博士を訪ねるのです。

学科の教官である上司の狙いは、単純にクラリスが若く美しい女性であるから、長年投獄されていて女性を見てないレクターの刺激になると思って彼女を送り込んだようですが、事態は上司が考えていた展開を辿りません。

レクター博士は、クラリスの女性的魅力も評価していましたが、それよりも彼女の人格そのものに敬意を払っており、そして精神科医として彼女に強い興味を抱きます


クラリスも、FBI候補生ではありますが人食いという常軌を逸した殺人を犯してきたレクター博士に会うのは当然恐ろしかったはずです。

毅然とした様子でありながらも、クラリスと博士の邂逅シーンは緊張感に満ち満ちています。

映像で見た方がいいですが、レクター博士がめっちゃくちゃ怖いです(笑)

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ちなみに彼が投獄されている牢屋だけ鉄格子ではなく完全なガラス張りとなっています(死にかけてても看護師を襲うような危険人物ですからね)。


レクター博士との面会内容は

初邂逅の後、教官から与えられたマニュアル通りにレクター博士から情報を引き出そうとするクラリスを見て、博士は小馬鹿にしたように笑います。

博士はとんでもなくIQが高いので、しかも自分の専門でもあるので、精神判定の基準となる心理テストをいくら受けさせても、自己都合で結果を調整することができるので全く当てになりません。

しかし候補生のクラリスが負けじと突っかかっていくと、その様子を評価した博士は、ある条件を出してそれを守れば今回の事件に関する自分の見解を述べても良いと言います。

その条件とは、「ひとつ情報を与えるごとに、君の個人情報をひとつ私に教えること」というもの。

簡単なことのように思えますが、教官からは余計な会話は一切慎むように、相手が“まともに見える”等という勘違いは絶対に犯すな、と口を酸っぱくして言われています。

しかし何とかして情報を引き出したいクラリスは、その条件に乗ってしまいます。


クラリスは博士から捜査のヒントを得る代わりに、どこで産まれ、どんな親に育てられどんな環境で育ったかなど、自分の生い立ちを明かすことになります。


トラウマの根源

そこから先の話は、FBIがバッファロー・ビルを捕らえるべく奔走するので刑事&推理ドラマのような展開になるのですが、たびたびクラリスレクター博士に会いに刑務所を訪ねます。

映画の終盤、もう少しでバッファロー・ビルに繋がる糸口を掴めるという時、決定的な情報を得るべく赴いた最後の博士との面会シーンが圧巻なのです。

一体何回この場面を見たことか。


焦るクラリスは、未だに「質問は交互に」とこだわるレクター博士に対して苛立ちを隠せません。

仕方なく言うとおりに彼の質問に答えていきます。


クラリスは、幼少期に母を亡くし、少女時代には警察官の父も事故に巻き込まれて亡くしています。

孤児になった彼女は、牧場主である親戚に引き取られるのですが、その牧場にはたった2カ月いただけで、すぐに孤児院に送られてしまいます。

博士が聞き出したいのはこの時のことでした。

「何故、たった2カ月で牧場を出た? その時一体何が起きたんだ?」と。


クラリスは答えます。

牧場にいた頃のある夜、眠っていたら悲鳴が聞こえて目が覚めた。

恐る恐るその悲鳴が聞こえる場所に行ってみると、そこでは牧場主が子羊を屠殺しており、小さな子供のような悲鳴は子羊があげているものだった、と。

それを見て恐ろしくなったクラリスは、羊を囲ってる檻の扉を開け放ってしまいます。

しかしどの羊もちっとも逃げようとしないので、仕方なく小さな子羊だけを腕に抱えて、彼女は自分自身も走って牧場から逃げたのです。


話をするクラリスは非常に辛そうで、気丈な態度でありながらも涙ぐみ、目をそらし、「少なくとも1頭だけは助けたと思ったけど・・とても重くて・・重くて・・ 」と呟きます。

その後の会話は以下の通り(うろ覚えですが)。


博士「それから、どうなったんだね」
クラリス「すぐに捕まって、怒った牧場主に孤児院に送られたわ」
博士「子羊はどうなったんだね」
クラリス「殺されたわ」
博士「今でも子羊の悲鳴を聞いて夜中に目が覚めることがあるのか」
クラリス「ええ・・・ええ・・・」


そしてレクター博士は、しばらく考えた後に、こう言います。


博士「もしもキャサリンを助けられたら、子羊の悲鳴もやむと思うかね?」


レクター博士は、若く美しい女性であるクラリスが、鬼気迫って追い詰められたような顔をしながら訓練や捜査に没頭する様子がどこか病的だと初めから感じ取っていたのかもしれません。

であるから、一体何が彼女をそうさせるのか、ということが精神科医として気にかかっていたのでしょう。


彼女は子供の頃に警察官である父が事件に巻き込まれて死に、天涯孤独になり、父がきっと喜んでくれるだろうという理由でFBIに志願しました(このあたりの思考に、博士はクラリスのファザー・コンプレックスの要素も指摘しています)。

その現場で、今度はバッファロー・ビルに拉致されたキャサリンという衆院議員の娘を救うべく戦うことになるのですが、彼女はどこかでキャサリンと救えなかった子羊を重ねて考えており、キャサリンを救えれば、もう悲鳴に悩まされることはなくなるのではないか?という漠然とした希望を抱いているようでした。

だからこそ、周囲も圧倒されるような様子で、必死になって捜査に没頭するのです。


そう考えて改めてクラリスを見てみると、とても痛々しく健気に感じられてきます。

レクター博士クラリスを気に入ったのもこの点で、彼は残虐な殺人鬼ではありますが、純粋で誠実な人柄を持つ他者には敬意を持って接しています(看守のバーニー然り)。


そしてこのやり取りによって一体何が明らかになったかと言うと、それはクラリスのトラウマの在処なんですね。

子羊の悲鳴=クラリスの心的外傷であり、子羊が沈黙することこそ(ここがタイトルにかかっています)彼女がトラウマから解放されることなのです。

村上龍が、先に挙げたエッセイとはまた別のコラム?か何かで以下のようなことを書いていました。

「『羊たちの沈黙』の子羊たちの悲鳴は止んだかね、という有名な台詞が暗示するところと同じなんだ。つまり、君は無力感から自由になれたかという意味だ…」

なるほど、クラリスにとって、子羊の悲鳴は自身の無力感を意味しています。

「誰も救えない」という絶望感が彼女をFBIに誘ったのかもしれません。


原作について

1.羊たちの沈黙

私が読んだのは古い訳なのですが、2012年に上下巻に分冊された新訳が発売されました。

羊たちの沈黙(上) (新潮文庫)

羊たちの沈黙(上) (新潮文庫)

羊たちの沈黙(下) (新潮文庫)

羊たちの沈黙(下) (新潮文庫)

前者はちょっとおかしな訳だった記憶があるので、今から読むのなら新訳の方が良いかもしれません。

2.レッド・ドラゴン

羊たちの沈黙の前章である“レッド・ドラゴン”も面白いので是非オススメしたいです。

ちなみに時系列はレッド・ドラゴンの方が先ですが、書かれた順番は、羊たちの沈黙レッド・ドラゴンです。

レクター博士が捕まる前と捕まってしばらく経ってからの話になります。


博士が連続殺人犯だと見抜いたのは、FBIアカデミー教官であるウィル・グレアムという人物の功績なのですが、彼は非常に優秀なプロファイラーでした。

共感能力が異常に高いので、犯人の立場になって物事を考え、どのような行動をするかを的確に推察することができるのです。

その能力によってレクター博士を追い詰め、ついに逮捕に至るのですが、逮捕時に博士に襲われて重傷を負ったため現役を引退してしまいます。

そんな彼がFBIに呼び戻されて、また兇悪殺人犯の危険な捜査に巻き込まれていく・・・というあらすじ。


ちなみに、ウィル・グレアムをかなり掘り下げた作品としてドラマ版“ハンニバル”があります。

レクター博士役はアンソニー・ホプキンス以外断じて認めない!!と思っていたオタク(私)も、マッツ・ミケルセンにはやられました。

めっっっっっちゃかっこいいです。

ウィル・グレアム役のヒュー・ダンシーもよいです。


ドラマ版は、雑に言うとグレアムがだいぶメンメラ化しています。

何故かというと、先にも書いたように彼は共感能力が高すぎる=犯罪者の心理に寄り添いすぎてしまうので、犯罪者の異常心理に触れるたびに精神が痛めつけられてしまうんですね(本来の彼自身には、殺人願望は一切ないので)。

教官になったのも、本当はFBI捜査官になりたかったけれど、最終試験の免役テストで情緒不安定を指摘され、落とされたかららしいです(笑)

共感能力なんて害のあるもののようには思えないんですけど、その能力があまりに高すぎると確かにウィルのように神経衰弱するだろうな、孤独に追い込まれるだろうな、と思えるような様々な表現が見どころと言いますか、私にはとてもリアルに感じられました。

ウィル・グレアムという一人のキャラクターと、彼を通して異常犯罪を犯す人々の心理をより深く掘り下げた作品としてはとても面白かったので、グロ描写が平気な人にはドラマも是非オススメしたい(映画よりさらにキツイデス・・)。

3.ハンニバル

ハンニバル(上) (新潮文庫)

ハンニバル(上) (新潮文庫)

ハンニバル(下) (新潮文庫)

ハンニバル(下) (新潮文庫)

ハンニバル・レクターシリーズが人気を博したため書かれた続編です。

羊たちの沈黙以後、逃亡したレクター博士がヨーロッパで暗躍する話です。

作品全体の評価としては、正直私は好きではなかったのですが、文章は美しいですね。

特に気に入っているのが、作中に出てくるレクター博士クラリスに書いて送ったラブレターです。

きみは戦士なのだよ、クラリス。敵は死に、赤子は救われた。きみは戦士だ。最も安定した元素は、周期率の真ん中、ほぼ鉄と銀のあいだに現われるのだ、クラリス。鉄と銀のあいだ。まさしくきみに相応しいでないか。


若くして功績をあげ、また男社会の中で昇進し続ける彼女のことを良く思わない組織の人間から疎まれ、貶められてしまったクラリスにこれでもかってくらい良いタイミングで送られてくるこの手紙。

最も安定した元素は、周期率の真ん中、ほぼ鉄と銀のあいだに現われるのだ、クラリス。鉄と銀のあいだ。まさしくきみに相応しいでないか。

すごく美しくないですか?

打ちのめされて自信を無くしたクラリスのFBIでの働きを鼓舞し、讃美する内容です。

魅力的ですよねえ。いやでも絶対レクター博士のことをまともな人間だと勘違いしてはいけません(笑)


ちなみに都市伝説かもしれないですが、羊たちの沈黙の映画化後、著者のトマス・ハリスクラリスを演じたジョディ―・フォスターにお熱になってしまったそうで、続編のハンニバルではカリスマ性のあるレクター博士を自分、クラリスをジョディーに見立てて執筆し、その結果があの結末だったのだそうです(ほぼ二人の駆け落ち?で終わります。正直意味不明です・笑)。

それを知った時、私も気持ち悪い作者だなと思ったのですが、原作の趣旨を知ったジョディ・フォスターもきっとそう思ったのでしょう、映画版ハンニバルへの出演を断ってしまったため、クラリス役は別の女優さんが演じています。

後々知ったのですが、ジョディはレズビアンだということもあったので、どんなに人気を博した役でヒットが見込める作品であっても、作者のそうした意向が含まれ役を演じるのが余計に嫌だったのでしょう。

原作のファンだとも言っていたし、私も、もしトマス・ハリスがそういう下世話な意図を含ませているのでなければ、レクター博士クラリスがほぼ駆け落ちして終わるような結末にはならなかったと思うのですよね。

どこまで行っても、博士は猟奇的殺人鬼には違いなですし、クラリスには戦うFBI捜査官でいて欲しかった。

原作のあとがきには、クラリスのことを「怒れるスターリング」と表現していて、まさに、博士が魅力に感じたのはそのクラリスだったと思うので、それだけが少し残念です。

・・・まあ、あくまで都市伝説かもしれないのですが。


男性社会における戦いを描く作品

原作の話をした後でちょっと順番が狂った感じがしますが・・・。

ジョディ・フォスターレズビアンであるということは、彼女がカミングアウトに近い発言をしたことがあるそうなのでほぼ事実と思われます。

これは褒め言葉になるかわかりませんが、それも含めて、私はジョディはやはりクラリス役にぴったりだったなあと思うんです。


何故なら、“羊たちの沈黙”のクラリスは、先にも書いたようにFBIという男性が主力の社会で「勝ち抜いて出世してやるぜ!」という意気込みをそこはかとなく感じさせるキャラなのですが、映画を見るとわかるように、彼女は初めから彼女が生きている社会の中で常に“女”として扱われ、見られています。

プロローグシーンでは、男性ばかりのFBI候補生たちがトレーニングしているクラリスをこそこそ笑いながら眺めたり、エレベーターに乗ってもどこか好奇の視線に晒され、尊敬するはるかに年上の上司にさえ、性的な対価を心のどこかで期待されていることに彼女は気づいています。

仕事中も、遺体がレイプ殺人の被害者である可能性があるからと言って彼女だけ一時的にのけ者にされたり、警察官にも侮られるような態度を取られたり、調査目的で赴いた研究室でデートに誘われたり等、いくらでもそういうシーンがあげられます。

そしてクラリス自身は、これら男性の言動に対して、一貫して無関心を装うか、華麗に流すか、憤りを感じるかのいずれかの反応を見せています。 

決して嬉しそうではないんです。(これ重要)

ソースを控えそびれてしまったのですが、どなたかがレビューで「クラリスは作品を通して多くの男性陣から視姦されている」と書いていましたが、大げさではなくその通りだと思います。


正直私はあまり仕事熱心な方ではないですが、男性と同じ立場で一生懸命仕事に取り組もうとしている女性にとっては、これらのことはすべて喜ばしいことではなく屈辱的なことだと思うんですよね。

そういうのを抜きにしても、自ら好意を感じている異性以外からの好奇の視線を良く思わない人は確かに存在します。

私はそういう類の人間の一人ですが、この感覚はなかなか理解されることがありません。

自慢だと思われたり、贅沢だと言われたり、そんなはずはないと高をくくられたりすることがほとんどです。


ちょっと話が逸れました。

つまり何が言いたいかと言うと、羊たちの沈黙の中では、レクター博士クラリスの女性的魅力を評価しながらも、まずそれよりも先に、彼女を人間扱いしていると感じるんです(途中で作者の変な意向が含まれてしまいますが)。

一旦、女というフィルターを外して一人の人間として彼女を見ていて、彼女の人間性を評価し、尊敬しています。

クラリスのような女性には、これほど喜ばしいことがあるでしょうか。

正義だと信じるものを守るために必死に戦う彼女のことを「君は戦士だ」と讃えてくれる存在が世界のどこかにいるということ。

だからこそ、クラリスレクター博士は危険だと頭では重々理解しながらも、どうしようもなく彼に惹かれていたのだと思います。

どんな人間にも平等にある願望だとは思いますが、LGBTであるジョディのような女性は、特に世間が勝手に貼ったレッテルを評価されるよりも先にまず、「私という人間」を見てほしいという願望は強いと思うんです。

だからこそ、クラリスはジョディだった!と思っちゃうんですよね。



ちょっと書きすぎて疲れました。

予告通りとんでもなく長くなってしまったので、これにて唐突に終了とさせていただきます!