【キング牧師とその時代】Free at last !

演説の力

学生の頃、アフリカ系アメリカ人公民権運動に関する書籍を読むことに熱心になった時期がありました。

やはり最初に辿りつくのはマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師なんですけども、かの有名なI have a dreamを初めて聞いた時、演説の力というのは、私の想像を超えて遥かに絶大なものなのかもしれないと思ったことがあります。

その時期ちょうどヒットラーの演説も初めて聞いて、同じだけの圧と言いますか、話す調子や言葉選びだけで人を熱狂させるだけの高いスキルを感じました。

演技力にも近いのかな。

内容の差異は今となっては明らかなんだけど、この2つの演説の持つ力には同等のものがあったように思えてなりません。

これはすごいことであり、恐ろしいことでもあります。

キング牧師について

最初から話が逸れてしまいました。

キング牧師の概要は以下の通り。

マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(英語: Martin Luther King, Jr.、1929年1月15日 - 1968年4月4日)は、アメリカ合衆国プロテスタントバプテスト派の牧師である。キング牧師(キングぼくし)の名で知られ、アフリカ系アメリカ人公民権運動の指導者として活動した。
(中略)
1968年4月4日に遊説活動中のテネシー州メンフィスにあるメイソン・テンプルで “en:I've Been to the Mountaintop”(私は山頂に達した)と遊説。その後メンフィス市内にあるロレイン・モーテルの306号室前のバルコニーでその夜の集会での演奏音楽の曲目を打ち合わせ中に、白人男性で累犯のならず者、ジェームズ・アール・レイに撃たれる。弾丸は喉から脊髄に達し病院に搬送されたが、そのまま帰らぬ人となった(満39歳没)。


いくつか本を読みましたけども、私にはアメリカ史研究者の猿谷要先生の本が一番わかりやすくて、自分にしっくり来た気がします(文章も綺麗だった)。


まず、キング牧師の最も特徴的な点は、彼が徹底して非暴力主義者であったところかと思います(ガンディーに影響を受けていたようです)。


当時のアメリカ南部では、白人から有色人種、特に黒人への根深い人種差別が横行していました。

その内容は、公共施設や公共交通機関において白人と非白人で利用場所を区別する等の人種隔離政策の他、時には理不尽な侮辱や暴力を伴う差別もありました。

特に、白人至上主義団体のKKKによる迫害には凄まじいものがあったようです。

黒人たちは、抑圧された精神をブラックミュージックやダンス等の独自の魅力的な文化へ昇華させるなどして何とか理不尽な世界を生き延びていたわけですが、当然、彼等の白人への憎悪は時を重ねるごとに蓄積されていきます。


暴力による革命を叫ぶ声も上がる中で、キング牧師は非暴力を唱え、公民権運動の指導者となりました。

そのきっかけとなったのが、モンゴメリー・バス・ボイコット事件

とある黒人女性がバスで白人に自ら席を譲らなかったというだけで逮捕された事件に猛抗議したキング牧師は、黒人コミュニティを利用してバス・ボイコット運動を計画します。

多くの黒人が参加したこの運動は、実に382日間に渡って続けられました。

バス利用者の約4分の3を占めていた黒人が一斉に利用しなくなったことにより、市のバス事業は経済的に大きな打撃を被り、連邦最高裁判所は地モンゴメリーの人種隔離政策に対して違憲判決を下す結果となりました。

バス・ボイコットという形をとり、あくまで非暴力によって、民衆が参加した最初の公民権運動でキング牧師は見事勝利をおさめたというわけです。


マルコムXとの対比

キング牧師について調べていると、彼とは対照的な人物として非常に興味深いマルコムXの存在に必ず行き着きます。

キング牧師と同じ公民権運動活動家ですが、彼は暴力による革命もやむなしと考える所謂“過激派”の指導者でした。

「白人が我々に対して『何故白人を憎むのか』というのは、強姦した者が相手に対して『オレが憎いか』と発言するのと同じだ」

「白人は黒人の背中に30cmのナイフを突き刺した。白人はそれを揺すりながら引き抜いている。15cmくらいは出ただろう。それだけで黒人は有難いと思わなくてはならないのか?白人がナイフを抜いてくれたとしても、まだ背中に傷が残ったままじゃないか(公民権運動は前進している、という主張に対して)」

彼が遺したこの言葉こそ、白人に対する強い憎悪の現れでしょう。

そして実際に、彼は父親を白人によるリンチで亡くし、母親は白人が経営する病院に収容された末に虐待を受け、精神を病んでしまった(しかもその母は、祖母が白人にレイプされて産んだ子供だと言う。そのためマルコムも黒人にしては肌が白いのだ)という悲惨な過去がありました。


ここで、私が興味深く思ったのは、マルコムXのように暴力主義を唱える指導者がいる中で、何故キング牧師は非暴力を訴え続けられたのか? という点です。

キング牧師公民権運動の活動家ですが、その呼び名の通り宗教家でもありましたから、そのようなスタイルを貫いたとも言えると思いますが、やはり、彼等の生い立ちの差も決して無視できない要素だと思うんです。


前述したとおり、マルコムX貧困層の家庭で育ち、これ以上なく暴力的な事故によって父と母を失いました。

一方で、キング牧師は南部の黒人の中では比較的地位が高い牧師の家庭に産まれており、良い教育を受けて博士号を取得できるほどの経済的バックグラウンドもありました。

さらに、彼が産まれてはじめて人種差別を感じたのは、子供の頃に尊敬する父が白人の警官から「坊ちゃん」と呼ばれ、揶揄されているのを見た瞬間だったという経験談が残っています。

子供にとっては、頼りにしている父親が権力者である警察官から侮蔑的な態度を取られるのを目の当たりにするのはさぞショックだったでしょう。

同じ差別は差別、侮辱は侮辱であり、どちらがより辛いかなど比べるべきことではないのですが、しかしそれでも、マルコムXとその家族が受けてきた恐ろしい暴力や屈辱の数々のことを考えると、マルコムXが受けた被害の方が「あまりに惨い」と言わざるを得ないと思うのです。


ここで、猿谷要先生の著書の一文を引用します。

この過去、綱で縛られたり、 火責めにあったり、拷問されたり、 去勢されたり、嬰児を殺されたり、婦女を暴行されたニグロ(アフリカンアメリカンへの蔑称)の過去。

死と恥辱。昼夜の別なく襲う恐怖、骨の髄ほども深い恐怖。

周囲の誰もがそう言うので、感じられないではいられないような疑い、自分も生きるに価しないのではないかという疑い。

自分に保護を求めているが、保護してやれない女たちや、親類や子供たちに対する悲しみ、怒り、憎しみ、殺人行為。

しばしば自分自身や仲間たちに跳ね返って来て、あらゆる愛、あらゆる信頼、あらゆる喜びを不可能にしてしまうほど強い白人たちに対する憎しみ。

このような過去。人間性と人間の権威を獲得し、それを示し、確認しようとする、この果てしない闘い。


私はこの部分が、あまりにもあまりにも、胸に痛くて、辛くて、仕方なかったです。

周囲の誰もがそう言うので、感じられないではいられないような疑い、自分も生きるに価しないのではないかという疑い。

産まれた時からそのような環境に置かれていたら?

ただ、肌の色が黒いというだけで。

もしも自分の身にここに書かれているようなことが起きたら?

果たして私は白人のことを恨まずにいられるだろうか。

きっとまっさらな気持ちでいるのは難しいでしょう。否、無理でしょう。

私は、マルコムXが抱いていた憎悪を否定できません。


キング牧師マルコムXでは、暴力と非暴力、主張が真逆であるだけの根拠が彼等のバックグラウンドに存在しています。

そのことが、どうにもこうにも遣る瀬なくて。

圧倒的な暴力に晒されて、それでも人を恨まず、憎まず、ということは人間にはあまりに難しい。

だからこそ、キング牧師のような存在が非暴力を積極的に唱えるべきなのだとは思いますが、本当に力強い意義と効力を発揮するのは、きっとマルコムXのような人が暴力を否定した時だと心から思います。


マルコムXは最も攻撃的な活動家として知られていましたが、希望があるように思えるのは、晩年の彼は過激思想のNOIネーション・オブ・イスラム)から脱退しており、キング牧師との対話を望んでいたと言われていることです。

死の前年にメッカ巡礼をしたことが影響して、思想の転換・発展がされつつあったのでは、と言われています。

彼が長生きできていれば、また違った局面を見ることも出来たのかもしれません。


迫害された人たち

私には、昔から迫害された側のストーリーに惹かれるところがあります。

子供の頃に夢中で見ていた“プリンス・オブ・エジプト”という映画の内容は旧約聖書出エジプト記でしたし(エジプト王朝で奴隷として働くユダヤ人をモーセという預言者が解放する話)、インディアンとか、アボリジニとかいった原住民の文化や歴史も好きでちょこちょこ調べていました。

ヒットラー政権のホロコーストや、日本の切支丹迫害の歴史も、執拗に掘り下げた時期があります。


自分が一体何故こういうテーマに引き寄せられるのか、理由はわかりません。

実際、私は別に面白くて楽しくてこのような凄惨な歴史を辿っているわけではないので。

むしろ、自分に近しい立場の人たちが迫害されていた事実を知ると、ムシャクシャして哀しくて仕方なくなります。

じゃあ何でわざわざ負の感情に支配されるようなことを自らするのか、と言われると、やはり何故こんなことが起きるのか・起きたのか、という、その理由を知りたいからだと思うんです。


災害にせよ、人災にせよ、大きな災いに見舞われた時、人は皆「何故自分がこんな目に遭うのか?」と思うと思います。

一体何故? 私はその答えを知りたいのです。



最後に、キング牧師の演説を貼り逃げして終わります。

”Free at last ! Free at last ! Thanks God Almighty. We are free at last !”(自由だ、ついに自由になった!全能の神よ感謝します。我々はついに自由になった!)

これが、演説の最後の言葉ですが、当のキング牧師は銃撃事件で暗殺され、39歳という若さでこの世を去りました。

惨たらしい差別・迫害を受け続けてきた当事者の1人である彼が、それでも「全能の神よ感謝します」と言う、その意味。

非暴力を唱え続けた意味。

そんなことを考えていた、学生時代の読書の記憶でした。


【日本語字幕】キング牧師演説 "私には夢がある" - Martin Luther King "I Have A Dream"