人のことが気になるのなら

やはり、あまり多くの人たちと無造作に繋がらない方が良い、と私は思うのです。


abomi344.hatenablog.com

過去にこんな記事を書きましたが、如何せん、私自身がふと人のことが気になる時がある。

全く他人に興味が無いというのも考えものですが、「あの子はこうだけど私は・・・」とか「私はこうだけどあの子は・・・」とか比べ始めちゃったら黄色信号だなと思う。


たぶん、他人のことが気になるのは多くの人が持っている性(さが)でもあると思うんですけど、そういうのが苦しい人もいる。

それなのに、「誰かと繋がっていたい」「友達がいなきゃダメだ」という考えを優先し、際限なく情報を取り入れて、また誰かと自分を比べて苦しんでる。

そういうものに捕らわれないためには、ある程度情報を遮断するしかないのだと思う。


今年で30歳になるが、同世代の友達は皆SNSを通して最近会っていない友達や知人の近状を知るようだ。

会話の一環で「あの子はどうしてるんだろうねえ」とその場にいない誰かについて発言すると、大抵の場合「今、○○らしいよ~」と明確な返答がある。

「会ってはいないけど、インスタに載ってた」とのこと。

こういうやり取りがものすごく多い。

同世代と会うと、大抵1度はこんな会話をしているんじゃないかと思う。


後でいつも思うのだけど、直接会うような間柄でもない中途半端な関係の人の近状を詳しく知ることに意味ってあるんだろうか? たぶん無いよね。

芸能人でもないのに、特に知りたいと思っていない人の近状が「リアルな日常を切り取った写真」という体で無差別に流れ混んでくるというのは、なかなか暴力的なものだと思う。


“体”と敢えて書いたのは、その写真は真実の姿では無い場合がほとんどだからだ。

客観的に眺めていると、きっと皆が頑張ってセルフプロデュースした結果がこの写真なんだろうな、と思うことがある。

素敵だなあと思ったものは、真似できるところは取り入れてみたりもすることもあるし、無理なら無理で自己完結する。

SNSの有用性は、そこが限界だと思う。

大抵の場合は、理想的な写真の裏側には素敵なことばかりではないリアルが潜んでいるし、その事実を踏まえずに羨望や嫉妬心を抱く人は、たぶん、SNSに身を置くのを少し控えた方が良い。

先にも書いたけど、情報って時に暴力的なものだから。取捨選択できない場合は余計に。


自分も時折そうなのですが、「人は人、自分は自分」ができない人の多いことよ。

私は、意識的に情報を遮断することで、精神の健康を守っているんだと思う。

それでいいし、それがいい。

そんなことを、周囲の友達伝いに「あの子がどうしたこうした・・・」と聞かされ続けていると、改めて思うのでした。

聞きたいことは、自分で直接聞きます。