リュウジお兄さんの至高のポテサラ

昨今のポテサラ騒動の影響では決して無いんですが、母から野菜が色々送られてきて材料が揃ったため、週末にポテトサラダを作りました。

いつもと同じレシピでも良かったんですけど、今回はYouTuberのリュウジさんの「至高のポテサラ」を参考にしました。

控えめに言ってもめっっっっっっっちゃ美味しかった。

こちらのレシピ、使う食材はジャガイモ・にんにく・タマネギ・ベーコンのみのシンプルなものです(胡瓜の塩揉みとか無いから楽!)。

味付けには、マヨネーズの他に砂糖・塩・うま味調味料・ブラックペッパー粗挽きを使います。

リュウジお兄さんも言っていますが、ブラックペッパーは絶対粗挽き!!最後に追い胡椒をすると更に美味しく食べられます。


一応今までレシピを見ながら色々と料理に挑戦してきましたが、このレシピほどお店の味っぽくなったのは初めてだったので本当に感激しました。

ふかした芋とベーコンを混ぜた時点で汚い濁った色になってしまったので、内心「不味そう!!!!」とか思ってたんですけどね、全然そんなことなかったし(むしろ私至上最も美味しい手作りポテサラとなった)、調味料全部混ぜたら見た目にもお店が感出て嬉しかった・・・。

ビールに滅茶苦茶合うので、ポテサラ好きな人には是非作って欲しい(布教)。


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ちなみに写真のメイン料理は、大葉を消費したかったので手羽先と大葉の甘辛炒めです。

最後にレモンを搾ると良いそうなんだけど、レモンが無いのでポッカレモンを代用。たぶんレモンの方が良いです。

あと、例のごとくおみつごはんにハマっており、ミョウガととびっこを刻んで和えたもの(左下)を最近よく食べています。




最後にポテサラ騒動に言及しますと、件の爺さんは、急に話しかけてきて黴の生えた固定観念を不躾に押しつけてくる時点でha?って感じだけど、子連れの時に好意以外の感情で赤の他人が近づいてきて何か言ってきたら、やっぱりお母さんは怖いと思うだろうし下手に反撃もできないだろうなと思う。

この手の人たちは、そういう弱いところを見てケチつけてきてるところもあるんだろうな。卑怯だなあ。

もし自分が同じ事を言われたら滅茶苦茶悔しいけど、やっぱり無視するしかないかもしれない。

もしくは、もし将来自分にも子供ができたとして、外出が多くなってきたらピアスいっぱい開けたり派手色に髪を染めたりしてみようかなあとも思ったりする(これが結構効力のある威嚇になるらしい)。

まあ、こんなことを考えないと外野からいわれの無い攻撃を受けることがある時点で子育てし辛い社会には違いないんだけどね。


あと、やっぱり皆もポテサラは面倒だと思ってたんだ!ということが分かって、そっちにも「ダヨネーーッ!!!」って気持ちでいっぱいです。

私はもうしばらく前から、鍋で芋茹でないでレンチンするし(他の野菜も下茹での代わりに色々レンチンする)、なんなら潰すのも面倒なので「これは力仕事よっ!」と言って夫に混ぜてもらうこともある。

大根おろしを作るのも上記に殉じます。自分でやると90%爪を削ってしまうのでいつも深爪気味の夫にやってもらった方が良いのだ。


一昔前だと「手間暇かけてこそ愛情」とか思っている人も多かったみたいしだけど、最近は文明の利器に頼った時短レシピが流行ってるし、実際どれを作ってみても美味しいのだ。

リュウジお兄さんも、ジャガイモを鍋で茹でてもレンチンして蒸かしても「味かわんねえから!ていうかわかんねえから!」って言ってました。

一応料理研究家っていう肩書らしいんだけど、そういう肩肘張ってないところが好きですね。堂々とキッチンドランカーしてるし。


それから動画を見ていて思ったのは、洗い物が最小限で済むように無駄のない調理器具の使い方をしているのがすごいなってこと。

耐熱ボウルで蒸かした芋をマッシャーを使わず大匙スプーンで潰す→あら熱が取れた後にその大匙スプーンでマヨネーズの量を大体計って入れる→混ぜる、等。

後片付けのことも考えて作っているんだなあと感心してしまいます。



あと、リュウジさんのtwitterをチェックしていてすごく共感したのがこちら。

何でも「美味い!」と言ってモリモリ食べる夫とばかりご飯を食べていてすっかり忘れていたんですけど、うちの両親ってわりと味に五月蝿くて外食しても本当に美味しいところじゃない限りあまり褒めないし、ファミレスや安い居酒屋なんて行きたくないって感じの人たちなんです。

この前久しぶりに両親とご飯を食べた時に、ふと、夫だったら美味しいって言うだろうな~とか、自分ももっと美味しく食べられただろうな~と思う瞬間がありました。

グルメなのは別に悪いことじゃないけど、味にこだわりすぎて食事の時間を楽しくないものにしてしまうのは、すごく損している気がする。

そんなことを気付かされた一連のポテサラ騒動でありました。