子を持つことに慎重であることは悪いことではないハズ

そんなことを思う。


結婚したら、夫婦の希望は色んな道に分かれる。

1.すぐにでも子供が欲しい
2.いつか授かったらいいな
3.しばらく子供は欲しくない(いつかは欲しいor授からなければそれでもよい)
4.子供はいらない

望んでも出来ない場合を除いて上記4つが私が思い付くところだけど、あくまで4点に絞っただけで、その裏には色んな複雑な気持ちが含まれていると思う。


私は、1.のような、夫婦共に「子供が欲しい」って自然と思える人達って素直に幸せそうでいいなと思う反面、子を産む・育てる上で直面するあらゆる苦労についてあまり深く考えずにいられる質(鈍感力と言うのか?)なんだろうな、とスレたことを思ったりもする。

昔は結婚したら子供を産んで当たり前だったけど、今は違う。

女にも《産むor産まない》を選択する余地はある程度与えられている。

だからこそ、女性は今まで以上に子を産むことについて慎重に考えてもいいんじゃないかと思うのです。


男の人は、こういうことに例え鈍感であっても自分の生活を大きく変化させずに済むかもしれないけど、女は違うから。

女は、ここの予測(ほとんどが希望的観測)が大きく結果と違っていると、苦しむことになる。

・・・と、暗いかもしれないけど私は思ってしまうのです。



母の世代では、女は結婚したら子供を産むのが当たり前だった。

さらに祖母の世代まで溯ると、4~5人は産んで当たり前だった。

そう考えると、怖いなあ、と思わざるを得ない。


私が、ふと「子供を4~5人も産んだら母体が死んじゃうよ・・・」となんてことを言ったら、夫が軽く笑いながら「そんなことないでしょ(笑)」と返してきたことがあった。

私は驚いたのだけど、夫のその発言には、全く何の悪意もなく、罪もないのです。

私だって、子供の頃は祖母たちがそれぞれ4人から6人の子を産んでいると聞いても、何も感じなかった(だってそれが当たり前だったから)。

でも、いざ自分がいつ妊娠してもおかしくない(と少なくとも周りには思われている)立場になった時、いや、よっぽど頑丈か子を産むのに適した体でない限り、今時そんなに沢山の子を産むなんて大変申し訳ないが「あり得ない」「死ぬわ」と思ったのだ。


ちなみにうちの祖母たちは、6人産んだ(うち1人は産まれて程なくして亡くなったそう)祖母は早逝、小柄な体で4人の男の子を産んでいる祖母は80代になった現在も「子宮脱」という病気に苦しんでいる。

子宮を支える筋肉が弱って、内臓が下がってきて悪い場合は体外に出てきてしまう病気なのだけど、その原因のひとつとして多産がある。

昔は今よりも産後の母体ケアが重視されていなかったという理由もあるかもしれないが、産後骨盤が広がりきった状態でいると、この子宮脱が起こることがあるらしい(歳を取ってから症状が出る祖母のようなケースも多くあるみたい)。


産後の体のトラブルは自ら言わない女性が多い(特に男性に対しては)だけで、なんともないわけではないよ。

悪気なく先の発言をした夫に、そのことを知って欲しいなと思って祖母の話をしたら、夫は「え・・・そうなんだ・・・(引)」と言っていた。

もし男の人が妊娠出産できるとして、多産は将来自分の睾丸が尿道を伝って体から出てくる病に伏せるリスクと隣り合わせだと思ったら、絶対彼等は産むとしても2人くらいまでで抑えると思うな。

想像しただけで恐ろしいでしょ・・・。女だって同じ気持ちだよ。



ただ出産するだけでも、交通事故に遭うのと同じくらいのダメージを食らうと言う。

その上、日本では無痛分娩が普及していない(痛みを伴ってこそ云々という方便さえある)。

さらには女も働くことが当たり前になり、核家族化も進んでいて昔のように親戚やご近所に頼ることも難しい世帯は増えているだろうし、拘束時間が増えようが賃金は下がる一方。

この社会で、自ら積極的に「産みたい!」って思える人ってどれほどいるのかな。


私は、色んなことを考えて怖くなってしまうのです。

今、妊娠したとして、産んだとして、夫の激務はきっと変わらないだろうから平日は私のワンオペ育児になる可能性が限りなく高い。

しかし私は、両親とは適度な距離感を常に保っていたいので、里帰りだけは絶対に避けたい(※仲が悪いわけではない)。

もうね、親と子なんてある程度年齢を重ねたらお互いにあんまり近くに居過ぎると疲れてしまうのは当たり前だと思うんですよ。

動物は、子育てを終えたら子供が自分(親)の近くにいることを煙たがり、威嚇して追い払うそうです。

人間だって、同じような部分があるんじゃないのかな。

親だって、子供がずっと傍にいたらしんどいんだと思う。逆も然り。

私自身もう長時間両親と同じ屋根の下で過ごすのはかなりしんどいです。

性格が合わないとか、特別仲が悪いとか、そういう事情がなくてもそう感じます。

そしてそう感じるのは悪いことではないと思う。



私は、物理的距離はもちろんのこと、精神的な距離感も、大人同士の親子には大切なものだと思うのです(親か子に病気等の問題があってフォローが必要な場合は除く)。

それが一時的に壊れてしまう要因のうちのひとつが、現代の場合は里帰りや、親にべったり甘える育児なんじゃないか。

当たり前すぎて指摘する人が少ないけど、何で子を産む上で「里帰り」がスタンダードなのか私にはわからない。

その間、男親には何もさせないのもおかしいと思う(せいぜい週何度か妻実家に子供見に来て手伝い程度の育児する他は義両親に御客様扱いされるだけだよね)。

「育児の先輩でもあり、最も気兼ねなく頼りに出来る母親に世話してもらうのが一番良い」という意見が多いようだけど、そうじゃない親子もいるわけで、そういう人達へのサポートはあっても人気で空きがなかったりする等して利用が難しいと聞く。

残りの方法は、結構なお金を払って家事育児代行サービスを使うことだけど、それは経済的に余裕がある人だけに許された選択肢。


私は、親と険悪になるのも、働きながら家事育児に孤軍奮闘するのもどうしても嫌だし(夫がいるのに)、想像するだけで強いストレスを感じるので、やっぱり子供は「今すぐ」と思えない。

でもこういう日本社会の形態はきっとこの先もしばらく変わらないだろうから、社会が変わらないのなら自分達の意識を変えていくしかない。

だから、私は今現在も小出しにしながら、夫には今後私ができない時の家事フォローを一通り出来るようになってほしいと言い続けているし、そのうち「無痛分娩一択(産後の回復を早めるため/早く家事復帰したいから)」とか「私の出産前後は最短でも1週間は休みを取れないか?(家事育児フォローのため)」とか「それが無理なら家事代行を定期的に雇えるだけのお金を負担して欲しい」とかいうような話もするつもりです。

それが無理なら、子供を作るのは辞めておいて、一生2人きりというのも選択肢のうちのひとつとして考えている。

望んでも出来なかった場合も、それもまた人生。

実際、夫と2人きりだったらいつまでも仲良く暮らしていける気がする。



ところでこの条件を読んで、贅沢な女だなあ~って思われるでしょうか。

でもさ、現代は結婚した後も共働きが主流で、夫達は妻と共同で家計を担っているから昔の男性ほどには大黒柱のプレッシャーも抱えていないと思うんですね。

そして妻もフルタイムで働いていても家事は半分以上やってもらっている夫がとても多くて、その上妻だけが妊娠出産という身体的リスクを負い、その間仕事にも穴を空けざるを得ず、復帰後も育児を主担しなきゃならない状況で社会的立場を危ういものにしているのだから、男性側が払う対価として私が出す条件は冷静に考えても「普通」か「それ以下」だと思う。

でもたぶん、厳しいとか贅沢って思う人も結構多いんだろうなあ・・・。

何故なら、今までは男の人がこういうこと(妻や子供のフォロー)を全くしないで済んできた世の中だから。

楽なことは変えたくないし、知らなくて良かったこと、やらなくて良かったことの必要性に気付くのは難しいことだから。


そして、こんなに色々と面倒なことを考えて相手に要求ばかりするのなら「じゃあ子供産まなきゃいいじゃん?」って思われることもあるのだろうけど、そういう単純なことでもないのよ。

そういう発言は、当事者の直面している問題が他人事だから言えるあまりに安直な結論なんだよ。

雑な例えだけど、男は電車に乗ったら痴漢で冤罪になる恐れがあるからって「じゃあ電車乗らなきゃいいじゃん?」って言われて納得する人はいないでしょ。


それに、好きな人と結婚したのだからこの人と家族を作りたいっていう気持ちが芽生えるのだって自然なことでしょう(様々な考え・事情でそうならないこともあると思うけど)。


だから、まずは夫と一緒に、果たして私たちは「ベースは2人」で子供を持っても協力してやっていくことができるのかどうか、という意識を高めるところからしていきたいなと思う。

そして色んな話をして、選択肢を吟味して、2人が納得の行く落としどころを見付けられれば、例えすっごく大変な生活になってしまったとしても私は夫のことを嫌わずに済むんじゃないか(本当は、これが一番心配なのだ)。

あくまで私の希望なので、夫がそれに付き合ってくれるかどうかはまた別の話だし、いつまでもここから進めなかったら、先に私の体のタイムリミットが来ると思うので、それはそれで仕方ないのかもなあ。


何にせよ、すごく、すごく慎重になっています。慎重すぎるくらい。

自分でも面倒な性格だと思う。

でも、人ひとりの命の話なのだから、その責任の大きさのことを思ったら、このくらい考えても良いんじゃないのかなあとも思うのです。