言葉の裏の意味

abomi344.hatenablog.com


ちょうど2年くらい前に書いたこちらの記事に数ヶ月前くらいにコメントをくださっている方がいましたが、返事をするタイミングを逃して(そもそも返事した方が良いのかもわからず)そのままにしていました。

そこで最近、自分でももう一度文章を読み直してみて、ああ、こういうことを書いたなあ・・と思い出しました。


今だから言いますが、この記事で書いた「何も知らないくせに勝手なこと言うな」と発言していた人物は、私の現夫であります。

2年経って私も夫も少しずつ変わったなあと思って、ちょっとこの時の続きみたいな感じで今日は書きたいと思います。




※なお、頂いたコメントを晒す意図ではなく、初めから見えるところにコメントを頂戴したので引用しても問題ないと判断して、今回テーマの一部として使わせて頂いております。


“自分のことを誰かにわかってもらいたいと期待するのはやめよう”

2年前の記事で私はこのように書いていましたが、自分が考えていることや目指していることの大前提は、今もこの時とあまり変わりはありません。

もっと具体的に言い換えるならば、“相手に自分のことをわかってもらえるような適切な努力をしていないのに、理解して貰うことを期待して、期待通りにならなかったからと言って腹を立てるのはやめよう” と思っています。

特に、前以上に「勝手な期待は良くないな」という思いを強めていて、もし具体的な希望があるのなら早い内に相手に伝えて了承を得るなどの手段を選ぶようにしています。


でも、もちろん上手くいかないこともあるんですよね。

無意識のうちに「言わなくてもわかって当然」「できて当然」と考えていることはまだまだあると思うし、特に相手が夫や家族だと、向こうも成熟した大人ですから「(私がわかるんだからあなたも当然)わかるよね?」と、つい思っちゃうことも。

そういう時は、あーあ・・と思うし、必要があれば謝罪もして、反省と実践を繰り返しています。


「甘え」という言葉

直近のコメントをくださった方の中には、「甘え」という言葉が嫌いだと書いている方がいました。

おそらく私の文章から他人への厳しさや冷たさを感じ取って不快に思われたのだろうと思います。


私自身、自分の文章は客観的に見たら時々冷たく見えるだろうなあという自覚があります。

国語力の問題でもありますが、私は文章を書く時、ただでさえくどくど長文を書いてしまう癖があるので、言及したいことは言及した上でなるべく簡潔な言葉で書ききろうという気持ちがあります。

だからあえて枕詞を省く時もあるし、回りくどい表現をしないように気をつけているのだけど、それが人によっては冷たく突き放して見える可能性があることは充分理解しています。


ですので、文章全体が冷たい感じがする・・というのなら、そう思う人もいるだろうなあと思うのですが、件の記事を書いた時の私が使った「甘え」という言葉は、今書き直すにしても、やはり「甘え」は「甘え」だと思うので違う言葉に置き換えることはしません。

「甘え」という言葉に敏感に反応し、嫌悪感を示す方は、「誰かに甘えること」の全てが悪だと(少なくともネガティブなものであると)考えているということなのでしょうか。

でも、私はそのように考えてこの言葉を使ったわけではないのです。

件の記事でも書いているように、当時の私は、夫の「俺のこと何も知らないくせに」発言を受けて、“彼は私に心を開いてくれているから負の感情も隠さなかった”という受け取り方もしていましたから。


基本は、やはり大人なんだから、すっごくその気持ちはわかるけど「私のこと何も知らないくせに!」と言って怒るのはもうやめようよ、それよりも前に、自分のことを本当に理解してほしいと願う人が相手なら(そうじゃなければある程度スルーして良いと思います)、その人に伝わるように、わかってもらえるように自ら働きかけることができるはずだ、と考えています。

しかし同時に、「甘える」という言葉には、子が親に心から安心して身を委ねるのと同じように、自分の弱い部分を曝け出せるほど信頼した相手がいる、というポジティブな面もあると思います。


だから、夫の発言に「まったく、甘えんなよ!」と思う反面、普段はあまり感情を表現しない夫が「俺のことを何も知らないくせに」と言ったのは、私に対するそれなりの信頼(そのくらいで嫌われたりしないという確信)があったからだと受け取っていました。

もちろん程度の差や限度はありますが、要するに当時の夫の「甘え」は私にとっては許容の範囲内だったのです。


言葉の裏の意味を汲み取ること

また、コメントをくださった方は、私の文章には「この人のために自分ができることはなんだろう」という思いやりが見受けられないとも書いておられましたが、もし本気で「自分の力だけで生きてきた」と言い切ってしまう人がいたとしたら、その人のために他人ができることって何だろう? と思いました。

額面通りに受け取るなら「自分の力だけで生きてきた」=「他力はいらない(大して重要なものではない)」という意味だと思うので、もし夫が本気で「自分の力だけで生きてきた」と言っていたなら、私にできることは何もなかったと思うし、夫も私に何も望んでいなかったのではないかと思います。


でも、当時の夫の発言は言葉の通りのままではなかったと私は思うのです。

何故そう思うかと言うと、それまで培ってきた信頼関係に則って考えたら、当時も今も、夫という人間はそう簡単に他力を軽んじる人ではないと分かっているからです。


人って、時々自分が思っている以上に大きく(または小さく)物事を表現してしまうことってありませんか。

私は、それなりの信頼関係があったら、相手の言葉をそのまま鵜吞みにするのではなく、言葉の裏にあるその人の真意を汲むことは可能だと思います。

だから、全くもう、という呆れの気持ちはあったけれど、あの時の発言が彼の本音ではないと思っていました。



このことを書いていてふと思い出したのが、ゲーテのとある格言。

(相手が)何を語ったかではなく、何を言いたかったかを考えられない人は、子供っぽい

Twitterでひふみんも言及しておりましたが、私は、過去に他の人にもこれを言われたことがあります。


新たな反感を生むことを恐れずに敢えて上記の格言を引用しましたが、同じように、三者には分からない言葉の裏のやり取りが当時の私と夫の間にあったと思うし、私はそう信じています。

だから、別に私は夫のことを冷たく突き放したつもりはないし、夫も本気で「自分の力だけで生きてきた」なんて言ったわけではなかったのだ、ということを改めて書こうかなと思いました。


もちろん、直接の知り合いではないし、私達のやり取りの言葉の裏の意味など分からなくて当然なので、コメントをくださった方のことを否定したいわけではありません。

ただ、何だかんだでその後無事に結婚して、失敗することもあるけれどお互いに許し合いながら何とか上手くやっておりますので、そこに答えがあるのではないかと思いました。


私達の変化

過去の私は、若干20歳にして「自分のことを誰かにわかってもらいたいと期待するのはやめよう」なんて悟ったようなことを決意してしまうくらい、人間関係を面倒臭がっていたとも言えると思います。

今でも深い人付き合いはごく少数の人としかできないですし、友達も少ないほうだと思いますが、皆のことを大切に思っていますし、ずっと関係を続けていきたいと願っています。

特に夫に対しては、「この人のことを心から大切にせねばならない」と度々思います。

そのためには、やっぱり「相手との関わりを深めること」がどうしても必要なんですよね。

件の記事の結論と同じなのですが、何で私ばかり! とか、格好悪い! とか思わずに、なるべく素直になって自分の気持ちを伝える(もちろんよく考えて必要なことを)ことが大事だと思うようになりました。



夫はと言うと。

ごく最近のことなのですが、第三者を交えて話している時に、夫が自分の両親(私にとっては義両親)を指して「昔は気づいていなかったけど、本当に良くしてもらった、必要なところでさり気なく色々と助けてくれていた、と思ってる」と言っていました。

私はこの発言を聞いてとても嬉しかったです。

というのも、件の記事で私が一番モヤッとしたのが、夫が義両親に対して「両親は育ててくれただけ」と言ったことだったからです。


義両親は、一見色んな意味でインパクトが強くてビビるような雰囲気なのですが、ちゃんと関わってみるとものすごくまっとうな方々で、特に子供のことを本当に大切に育てたんだな・・ということがわかるような人たちなんです。

この「大切に育てた」の意味も、衣食住をしっかり満たしてあげたら、あとは子供の意思を尊重して、見守っているけれど決して過干渉にはならず、必要な手助けはしてくれる、という私からすると神様か? と思えるような育て方です。

私自身が、父の無関心と母の過干渉に少なからず苦しんだ部分があるので、夫にはそういった面で両親に対する負の感情が一切ないことに驚いたと同時に、心から羨ましかったのでしょうね。

それなのに、そういう義両親に育てられた夫がずっと自力で生きてきたなんて言うもんだからアホか〜!!!とも思いましたよやっぱり(笑)

当時はそこまで言わなかったですが、結婚前後に「あなたのご両親は子供の負担にならないさりげないサポートが本当に上手い、それはすごいことだ」としつこく言い続けたので、夫にそれがちょっと移ったところもあるかもしれません。(本心から、それくらい感動しているのです)


ちなみに、昔は「俺は自分の力だけで生きてきた!」と言ってたよね、と笑い話っぽく蒸し返してみたら、夫は「え〜・・そんなこと言ってたんだ? よっぽど自分に自信があったんだね」と他人のことのように言っておりました・・(笑)

お互い様な部分、たっっくさんありますが、人ってたった数年でも変わるものなんだなあと思いました。